偽シンデレラ物語

偽シンデレラ物語
趣味を持つことって、明日に望みを持つことだと思う。
たのしみな趣味があるおかげで、明日を心待ちに出来るから。
わたしには趣味はない。
灰をかぶり、はいくつばって掃除をしたり料理をしたり。
なんの希望もないんだ。
あるのは偽物の家族だけだもの。

と、日記に書いたシンデレラは、「ちょっと! なにやってるの、早く支度をしてよ!」というがなり声に、ピクリと身を震わせた。あれは義理の姉アナスタシアだ。こんなところを彼女に見られたら、日記を取り上げられて笑われる。それだけならいいけど、暖炉に放り込まれて焼き捨てられてしまうだろう。
シンデレラはあわてて羽ペンを置くと、日記を取り上げてそっと暖炉上にかかっている絵画の後ろに隠した。趣味と言えるものはまったくないと思っていたが、日記が趣味かも、とシンデレラはふと思った。

この日記にいろいろなことを書いているときだけ、イヤなことを思い出さずに済む。たとえば、商人だった父が、母が死んでから出張先で知り合った義理の母親のこと。冷たい笑みを浮かべたその母と、自分のことばかり言っている姉アナスタシアとその妹ヒルダの三人は、父の前ではシンデレラをかわいがってくれた。
父が病死するまでは。
「早く来なさい! ここを追い出されたいの?」
今度はヒルダの声。シンデレラはヨロヨロ立ち上がり、
「はい、ただいま参ります」
そのまま台所から廊下に出て、声がした大広間に駆けて行く。歩いたりしたらあとでネチネチ言われてしまう。
アナスタシアとヒルダが、イライラしながら待っていた。腰に手を当て、キリリと眉をつりあげ、豪華な衣装を身にまとって。
あんな服を着てみたい。シンデレラは強烈な羨望を感じた。自分がみじめな格好をしているのは自覚していた。持っていた美しい服は、すべて「父を思い出さずに済むから」という理由で義理の家族に焼却されてしまった。いまある服は、みな義理の家族の趣味である。いいセンスとは思えない上に、灰をかぶってダメになっていた。
「お呼びでしょうか、アナスタシアさま、ヒルダさま」
姉だというのに、まるで雇い主に対するような口の利き方だが、そうしないと火かき棒でなぐられるので、シンデレラは腰をかがめて丁寧に問いかける。
「今夜、王子さまの舞踏会があるの。衣装を選んで着せてちょうだい」
アナスタシアは、高飛車な口調で言った。
シンデレラはハッと身をこわばらせた。舞踏会! さまざまな衣装を着こなした素敵なひとたちが集う場所。わたしも行きたい!
「どうしたの? あんたも行きたいって言いたいわけ?」
アナスタシアを脇にして、ヒルダの目は、暗く燃えていた。
「あんたみたいなブスが舞踏会に行ったら、みんなの迷惑よ」
そうなのか……シンデレラは、ガッカリして落ち込んだ。そうじゃないかと思っていたのだ。わたしはブスなんだ。
「どうなのよ。反論のひとつもしたらどう?」
コツコツコツ。革靴を履いたヒルダの足先は、神経質に上下した。ケンカを売ってるつもりなのだろうか。シンデレラはちょっと怖くなった。ケンカはきらいだ。議論なんてしたくない。
「いいえ、ちょっとお腹が痛いだけです」
シンデレラは、弱い笑みを浮かべてぺこっと頭を下げる。

「あんたがそんなだから、わたしもじれったいのよ!」
なぜかヒルダは、整った髪に手をやって、ぐしゃぐしゃにしはじめた。
「なんで『くやしい!』とか、『負けるもんか!』とか思わないわけ? 負けたらつまらないでしょう!」
いや、きょうだいで勝ち負けとかないし。
シンデレラは、心の中で反論したが、口に出しては、
「準備します」
とだけ言って、衣装だんすのある部屋へと引き返していった。
「ヒルダ、なに考えてるの? あんな使用人にまともな口を利くなんて」
アナスタシアの声が漏れ聞こえてきていた。

義理の家族が舞踏会に出かけていくと、シンデレラはいつものように日記を絵画の後ろから取り出して、今日あったことを書こうとした。
そのときである。
「シンデレラ。あんたねえ、もっとマシな格好をしなさいよ!」
忘れもしないヒルダの声に、シンデレラは背中にざあっと氷を浴びせられたような気持ちになった。日記を隠そうと視線をさまよわせると、ヒルダが、鬼のような形相で立ち尽くしているのを発見した。
「このいくじなし。いそうろう。親のいない使用人」
ヒルダの声は、鞭のようにシンデレラを打った。シンデレラは、背後に日記を隠しながら、泣けてくるのを感じた。
「わたしのことはほっといて」
涙声でせいいっぱい突っ張ると、ヒルダはツカツカつめよった。
「わたしはね、あんたの根性を見てみたい。いつもヘイコラして、ニコニコしてるけど実際はどうなの。わたしらを恨んでるんじゃないの」
「とんでも……」
「わたしには魔法のアイテムがあるの。しゃべるガラスの靴でねえ、ほんとのことしか言わないのよ。そいつが、今夜の王子さまの相手は、わたしじゃなくてあんただと教えてくれた。あんたには、素質がある。王子さまに夢や希望を持たせてあげられるってね……」
「そ、そんな馬鹿な」
「馬鹿げてることはわかってる。わたしも最初は信じなかった。それに腹も立ったわ。
王子さまには、わたしのほうがふさわしいと思ってたから。
だけど、あたしらがどんなにつらくあたっても、ぜんぜん平気な顔をしているのを見て、考えを変えたの。あんたを立派な貴婦人にしてやる。そして、しゃべるガラスの靴を履いて舞踏会に出させてやる。王子さまはビックリよ。それにあんたが無事王子さまとの結婚に成功したら、このわたしがあんたの恩人になる。国政にも口を出せるわね」
「な、なんてこと言うんですか不敬な!」
シンデレラは、カッとなって口走った。「王子さまが、わたしを選ぶわけがないです!」
「どうかしらねえ」
ヒルダは、かなり楽しんでいるようだった。
「しゃべるガラスの靴は、ウソは言わないのよ」
「そんな靴、あるわけないわ」
シンデレラは、震える声で言った。
「わたしをいたぶって、そんなにうれしいんですか」
「いたぶっているかどうかは、ちゃんと舞踏会に出てから考えるのね」
ヒルダは、薄い唇をつりあげた。
「それとも、この貴重なチャンスを棒に振るの?」
シンデレラの心は二つに引き裂かれそうになった。舞踏会には行きたい。いろんな人を見たいし、ごちそうだって食べたい。しかしヒルダの言うとおりにするのはシャクだ。なんとかして出し抜けないだろうか。
シンデレラは必死で考えたが、ついに折れた。
「それじゃあ、証拠を見せて。ガラスの靴を持ってきて」
ヒルダは、得たりと微笑んだ。
「もう持ってきてるわ」
ヒルダは右手を高く差し上げた。そこにあるのは、まごうことなきガラスの靴であった。
「まいど。おおきに」
男の声が、ガラスの靴からとどろいた。シンデレラは腰が抜けそうになった。
「い、いまのは……」
「そう、靴がしゃべったのよ」
ヒルダは、得意満面である。ガラスの靴は野太い声で続けた。
「いやー、ヒルダはんも人が悪いでぇ、いきなり紹介されたらみんな仰天してまうやんか。もちっと人の身になりや」
ひどい西部なまりであった。シンデレラは、少しばかり気が抜けた。
「えーと、はじめまして、ガラスの靴さん」
「もうかりまっか? さっぱりワヤでんねん。アホぉ、そないこと言うたら挨拶でけんやんけ」
ガラスの靴は、ひとりで会話している。大丈夫なのだろうか。シンデレラは、ガラスの靴の正気を疑った。(靴に『正気』という言葉が似つかわしいかどうかは別として)。
「挨拶はそこまで。舞踏会が始まってしまうわ。こうなったら、腕によりをかけるわよ」
ヒルダは、暗い野望に燃える目でシンデレラを眺めた。
「そしてわたしは、この国をかげで支配するのよ……」
じょうだんじゃない、とシンデレラは思った。なんとかしてこの場から逃げ出したい。だが、ガラスの靴とヒルダは、
「さ、あんじょう行きまっせ」
「まずはこの灰だらけの身体を洗うところから始めなきゃね」
とふたりで盛り上がっているのであった。

あれよあれよという間にシンデレラは、一番豪華な服を着て、化粧も髪型もバッチリの美しい貴婦人になっていた。
「じゃ、行ってらっしゃい」
ヒルダは、外へ出ると馬車を呼んだ。
「あなたはどうするんですか」
しゃべるガラスの靴を履いたシンデレラは、ヒルダの方を心配して振り返った。だまし討ちに遭いそうな気がする。
「わたしは陰謀が成功するのを期待して待つわ」
ヒルダはクククッと笑った。シンデレラは身体中が総毛立つのを感じた。
舞踏会へ行くしかない。そこで王子さまに、ほんとうのことを言おう。逮捕されるかもしれないけど、ウソをつくのはもっとイヤだ。
シンデレラは、舞踏会に向かった。

舞踏会では、母と姉がものほしそうに貴族たちを眺めている。
シンデレラは、壁の方に立っていた。文字通り、「壁の花」になって他の人たちを観察したかったのだ。ところがその美貌を見た貴族たちは、きそってシンデレラにダンスを申し込んだ。
「どけどけー。王子さまを呼べー。わてのシンデレラにピッタリの人やでー」
ガラスの靴が叫ぶと、おお、と声が上がる。人々が群がる。その騒ぎに親衛隊が駆けつけてきた。
シンデレラの靴を一目みた彼らは、
「そ、それは王家の宝物! きさま、盗んだな!」
問答無用でシンデレラを捕らえ、靴を取り上げると投獄してしまったのであった。

「ったくもー。ドジねえ」
牢屋を訪れたヒルダは、シンデレラをにらみつける。シンデレラは思わず顔を伏せた。なんでそんな目をされるのだろうか。濡れ衣なのに。
「王家の宝物を盗んだのは、あなたなのね」
「そうね、わたしというか、母が盗んだのね。それをわたしが譲り受けた訳よ。王家の宝物とは知らなかったけど、欲しかったからすごんで奪い取ってやったわ。おほほほほ」
ヒルダは手の甲を口元に当てて笑った。
「そのふしぎなアイテムであなたを貴婦人に仕立て上げ、その恩を売りつけてこの国を牛耳るつもりだったのに、計画がおじゃんだわ」
「そうだったのか」
涼しい声が響き渡る。思わず二人がそっちの方を向くと、王子が親衛隊を連れて、怒った顔で立っていた。
「ヒルダ、陰謀はすべてガラスの靴から聞いた。おまえとその母親を逮捕する」
ヒルダは真っ青になった。思わず身を乗り出し、
「待って、それは誤解よ! それもこれも、みんなこの国を思ってのこと……」
「いいわけは裁判で聞こう。シンデレラを釈放し、ヒルダを投獄せよ」
「ははっ!」
というわけで、シンデレラは釈放された。
「酷い目に遭ったね」
王子は、すずやかな目で言った。
「このお詫びに、きみの家まで送るよ」
「いえ、とんでもない。わたし一人で帰れます」
「そんな遠慮するなよ。よく見るときみは美しい人だ。とくに目がきれいだ。そういう目の人に、悪い人はいない」
シンデレラは、真っ赤になってうつむいた。
「なんや、王子さまは、シンデレラにぞっこんや」
ガラスの靴が叫んだ。
「王子さま、シンデレラは日記が趣味なんやで。すごい詩人なんやで」
「趣味か……」
王子さまは、シンデレラの手を取って舞踏会場へと連れていく。
「どうやらぼくの趣味は、シンデレラになりそうだ」
シンデレラは、身体が軽くなるような心持ちになった。

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