流れ星の落ちたある日、村に、サーカスがやってきました。村にはペテン師がいて、名前がドタ。やせっぽちで、ひょろりと背が高い男で、ドタっとしゃべるので、ドタです。ペテン師のドタはサーカスの占い師に、未来のことを占ってもらっていました。占いなんてペテンと同じ、だから話術を盗もうとおもったわけです。
ところが恰幅がよくてターバンを巻いている浅黒い肌をした占い師のサキは、占い道具のタロットも、水晶玉も使わずに、ドタをひたと見据えてこう言いました。
「あんたは、ペテン師には向かないね。才能がない」
「失礼だな、あんた」
ドタっとしゃべりながら、顔を真っ赤にして怒りました。サキは平然と、
「そりゃ、あんたには親代わりに育ててくれた親方がペテン師だったから、親方に認められたかったのはわかる。だが今となっては、親方は死んでしまったのだろう?」
占い師に当てられて、ドタはゾッとしました。
「あんたに黒い魔法のペンをあげよう。それで絵を描くがいい」
ドタは、ペンを渡されました。どこからどうみてもごく普通のボールペンです。ペン先を覆うキャップを取り外して用いるキャップ式で、紙にはさめるようにピン留めのようなものがついています。ドタは疑わしそうに言いました。
「これが、魔法のペン?」
「絵を描けば、それがよくわかる」
「なんでこんなのくれるんだ?」
「死んだ親方があんたのことを心配している。わたしはその親方に、困っていたときに助けてもらった借りがあってね」
「だけどおれには、絵心がないんだぜ」
「そのペンを使えば、描ける」
「へー。じゃあ、有名作家の絵も描けるのかよ」
「ひとの作品で人気者にはなれないね」
「それもそうか」
ドタは、自分がペテンの才能がないということは、わかっていました。言い当てられたのでちょっと驚き、新しい未来を示してもらったことに感激して、自分のありったけのお金をサキに渡してしまいました。
「ひとつだけ、警告しておこう」
サキは、無表情で言いました。
「そのペンは、インクを使い切るまえにほかの人に渡すんだな。でないと痛い目にあう」
ペテン師のドタは、サーカスから酒場に戻りました。そこではレスリングをさせたら村一番の酒場のおやじが、はちきれそうな腕を組んで壁をにらんでいるのでした。
「なにやってるんだい?」
ドタが聞くと、酒場のおやじはいかつい目をこちらに向けて、
「ここに、カワイコちゃんの絵でも貼れば、店も彩りが出るだろうなあ」
ドタは、黒い魔法のペンを、試したくなりました。
「じゃあ、おれが描いてやるよ」ペンをドタッと置きました。
「おまえが? 店の払いもちゃんとしてないのに?」
「うまく描けたら、払いをチャラにしてくれよな」
「まったく、調子いいヤツだなあ」
おやじも興味が湧いてきたらしく、店の奥から白い紙を取りだして、ドタに渡しました。
ドタは、思い起こしました。初恋の、あの子を描いてみよう。うまく描けなくてもともとなんだから。
ドタが魔法のペンを紙の上に置くと、ペンはするすると動き出しました。
あれよあれよという間に、ペンは勝手にあの初恋の子の姿を描き出しました。ツインテールにした髪、イタズラっぽく微笑む笑顔、バラ色の頬まであの時のとおりです。黒い魔法のペンは、いろいろな色彩を出す事が出来るようでした。
自分で描いたとはとうてい思えなかったのですが、ドタはおやじにそれを見せました。酒場のおやじは大満足。
「これなら、店の払いをしなくていいよ」
と言って、その日のお酒もおごってくれました。
それからドタは、おやじに頼まれるままに、店の常連の似顔絵を描いたり、ストーリーのついた絵を描いたりしました。とくにストーリーのついた絵は、その場にいる人間を登場人物にしたこともあって、ウケがよかったのです。ドタはいつのまにか、ストーリー絵描き、と呼ばれるようになりました。
おやじを介してドタに依頼してくる人は、さまざまな事情を抱えています。
兵隊さんの制服を着た、眉毛に傷のある角刈りのボビーは、数日後に海軍に徴用されるということで、妹アンヌに似顔絵と、自分の昔話を残しておきたい、というのでした。兄として、残していく妹が気がかりだが、出征していく先でおまえのことを思っている――そんなことを、ストーリーのついた絵として残して欲しい。
アンヌの特徴は、栗毛でパッチリした瞳。ちょっとだけ右頬にある、えくぼがかわいいんだ。
ドタは、一生懸命、その話を描きました。ボビーが、アンヌのためにニワトリのヒナを買ってきたことや、卵を取るための苦労話……。ボビーはそれを持って、妹のところへ行き、思い出の品として置いていきました。
すらりと背の高い、しなやかな身体をしたジョンソンはこんな依頼をしてきました。
自分は、いつまでもこんなところにくすぶっているような人間じゃない。舞台でミュージカル・スターになりたいんだ。劇団に入って、夢を叶えるストーリーのついた絵を描いてくれ。
ドタは、依頼どおりに描きました。ジョンソンは都会へ行って、大成功をおさめました。
ドタの描く絵は、のぞみを失った人には光を与え、夢を失った人には幼心をとりもどさせました。巷で評判になり、ファンレターも来るようになりました。ドタは得意の絶頂になりました。この魔法のペンさえあれば、どんなストーリーでも描ける。どんとこい、だ。
しかし、とうとうその日はやってきました。
「あれ、インクが出てこない」
ドタはあわてました。ドタはかなり有名になっており、仕事の依頼が殺到していたのです。いまは脂の乗りきった状態でした。それなのに、インクがなくなってしまったのです。
すると、アンヌがやってきて、紙に描いたストーリー絵を示して言いました。
「こんなひどい絵は、見たことがないわ! お兄さんの思い出を、けがされた!」
ドタが見ると、どうでしょう。カッコイイはずのお兄さんは、みすぼらしくて汚れた服を着ていて、妹にひどいことを言っているのです。
アンヌは、手に手紙を持っていました。最近の兄からの手紙を見てよ。これ、このとおり、ひどいことを言うのよ。あなたは兄となにか通じているんじゃないの。魔法なんて信じない。戦場で兄になにかがあったに違いない。受け取ったときと違う絵になってるのもふしぎだわ。どうしてこんな絵を描いたのか、正直に言ってちょうだい。
ドタは、顔色が真っ青になりました。お兄さんのことは、なにも知らないのです。そう謝罪して、書き直そうとしました。しかし、インクがないので、うまく描けません。妹はすっかり怒ってしまいました。そして、いままで褒めていたのも忘れて、友だちにドタの悪口をまくしたてるのでした。
また、都会で大成功をおさめたジョンソンが、村に戻ってきて、ストーリーのついた絵をかざして言いました。
「こんなひどいストーリーは、見たことがない! 夢をけがされた!」
ここから見てもはっきりわかります。ミュージカルで夢をつかんだはずのジョンソンは、たった一度、舞台女優に恋をしたために、周囲からねたまれて主役の座を引きずり落とされる、というストーリーになっていたのです。しかもジョンソンは、この絵のとおりの人生を歩んでいました。夢を追いかけていたのに、周囲から足を引っ張られてしまったのです。
ジョンソンは、こわい顔で言いました。あんたの絵には、おそろしい魔力がある。人生を変えてしまう力があるんだ。おまえは、黒い魔法を使ったんだ。ジョンソンは、絵の描かれた紙をくしゃくしゃにしました。
「この、悪魔め!」
ジョンソンは、石を拾ってなげつけてきました。石は、ドタの腕にあたって、血がにじみました。ドタはその場にくずれおちるように、しゃがみこみました。
魔法のペン……。インクがなくならないうちに他人に譲ってさえいれば、こんな目に遭わずにすんだのか……?
酒場のみんなを喜ばせようと、ひたすら描いた絵でした。でも、インクがなくなった今、すべてが悪い方に変わっていくように思えました。
酒場のおやじが、トーマス司祭さまを呼んできました。悪魔に憑かれたドタを、救おうというのです。司祭さまは、真顔で聖書を読み上げ、十字架をかざしました。ドタは聖水をしこたま浴びて、くしゃみをしてしまいました。
「悪霊は、退散しました」
と言って司祭さまが立ち去って行くのを見ながら、ドタは決意しました。
このまま放置してはおけない。
ドタは、必死で新しいストーリーを考えましたが、あの魔法のペンがなければ、意味がありません。新しいストーリーなどまったく思いつかず、アンヌやジョンソンは失意のうちに、どこかに去ってしまいました。
ドタがスランプだという噂は、あっという間に知れ渡りました。仕事は激減しました。助けになるのは占い師だけ。インクを手に入れようとしたドタは、魔法のペンを持ってサーカスのあった村の端へと飛んでいきました。
占いテントの前にいる占い師が視界に入ったとたん、ドタはおいおいと泣き、その涙は手に持った魔法のペンの上に、ぽたぽたと落ちていきました。
すると……。
魔法のペンが光り輝きました。そこから美しい花が咲き始め、かぐわしい匂いがたちこめてきました。
いつのまにか、立ち去ったはずのジョンソンとアンヌが戻ってきて、その様子をながめていました。
「ふしぎで、美しいわ」
アンヌは言いました。
「花も、きみも美しい」
ジョンソンは、言いました。
ドタは魔法のペンを動かしました。すると、ふしぎなことに魔法のペンは流れ星を描きながら、空の彼方へ消えていきました。