想像力と共感力

2019年8月20日 中国新聞SELECT。
VRで「共感」を相対化
というタイトルで、他者と自分の共感とは、
他人と自分の埋めがたい距離感と表裏一体である、
という深いことばが書いてありました。

細かいことは新聞にお任せしまして、
今回はこのネタで考えたことを、
書いてみます。
わたしはどうも共感力に欠けているところがあるらしいので
距離感の取り方について色々考えざるを得ないのです。

他人の事なんて、想像しても無駄だと思ってます。
しょせん、わかりあえないんですから。
わたしから見て他人がどう見えるか、ということを
つらつら書いてみたって、だれ得、とむなしくなったりもします。
友だちは、わたしを 「他人に合わせる人」
とイメージしているようですが
逆らわないだけで、内面では結構ドロドロしています(汗)

夫がわたしを好いてくれていることや、
義母がわたしをかわいがってくれていることは、
わたしの手柄じゃないんです。
誤解から来ているんだと思う。
わたしには、他者への配慮はあまりないから。

それでも、想像する楽しみを他者と分け合いたい、
という欲望はあるわけで。
人はなにを奪われても、こころを羽ばたかせることだけは
やめない生き物なのかもなとか
考える昨今です。

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男性の育休、なぜ増えない

2019年8月24日 中国新聞SELECT。
男性の育休が進まない理由として、複数回答アンケートを採ったところ、
「業務が繁忙で職場の人手が足りない」(27%)、
という理由が、「会社で制度が整備されていない」、をわずかに上回ったそうです。
ちなみに「職場が取得しづらい雰囲気だった」、というのは
25.4%の人が選んだそうで。

今後は政府も育休を義務化する方向に進むそうですが、
ひとり欠けると回らなくなる職場もなんとかせんと、と書いてあります。
ヒマを持て余してる人もいるのにねえ。

子育てに、お姑さんや親戚を頼るということは、
考えに入れてないんでしょうか。
わたしみたいに姑と仲がいい人ばかりじゃないとは思うけど
自分の母親ぐらいは、頼っていいと思うのだよ。
独り立ちってことにこだわらないで、
甘えられる内に甘えた方がいいんじゃないかな。
わたしは母が52のときに亡くしてますので、
親がいる人がうらやましい。

子どもは社会で育てるもの、という考え方は古いかもしれないが
近所の、ヒマを持て余してるシニアを巻き込むのもアリだと思うな。
めんどくさがるかもしれんけど
子どもには、いろんな社会を見せておいた方がいい。
理想論だけどさ。

育休以前に、結婚したがらない大人が増えたという事実があって
そっちのほうが問題じゃなかろうかと思ったりもする
今日の日記でした。

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空車・弁当・恋愛相談

2019年7月13日 朝日新聞。
小学1年生になって漢字を習い始めた。
タクシー乗り場を通りかかったとき、
「空飛ぶ車って何?」
そこには「空車」の文字が……
神戸市北区の少年、7歳。

2019年6月20日 朝日新聞。
日本語学校生(台湾人)、大阪府20歳。
台湾から来日して2年、日本のドラマや映画を見て
日本の学生は自分の弁当を学校に持参、昼に食べることがわかった。
冷めた弁当をなぜ食べるのか?
台湾には、弁当を蒸して温める機械がある。
日本の学生がさめた弁当を食べるのは少々理解できない。

2019年6月19日 中国新聞SELECT
恋愛の悩み AI が解決
デートに誘うタイミングや会話の話題を提案するAI.
名前・趣味・学歴・共働きや子育てについての考え方を
登録してアプリで会話を始める記者。
コミュニケーションが苦手でも、 AI がアドバイスしてくれる。

面白い時代だね、現代って。
というお話でした。

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2,000万円、ということ

2019年7月13日の中国新聞には、
公的年金+2,000万円の話が載ってますが、
わたしはこの金額に疑問があります。
つまり、年金+2,000万円貯めれば、
一生、らく出来るのかという疑問です。
だってそうでしょ、地球の資源は枯渇しつつあるんですよ。
資源が無限であることを前提にしている資本主義が
行き詰まりを迎えることは、易々と予想できます。
そのとき、必要だとされる+2,000万円なんて紙切れになるんじゃないのかな。

ていうか、ノンキにエッセイ書いてていいのか、という問題も(笑)
自分も家庭菜園のひとつもした方がいいかも。
どこかの農家で畑を借りて、耕して、
自分で収穫するのだよ。
……現実的じゃない(近くに畑がないし知り合いに農家はいない)。
AIに仕事が奪われるなんてみんな戦々恐々としてるけど
それ以前に飢餓の危険がある(地球温暖化とか砂漠化とか
水の枯渇とか……)
2,000万円でなんとかなる、というのは、
どう考えても楽観的すぎる数字でしょう。
「一生働けというのか」
「2,000万円なんてムリ」
という声もあるようですが
政府が保障してくれるのなら、それを逆手に取ればよろしい。

じっさいに10年後あたり食料難になってきたら
「あのとき2,000万円でなんとかなる、と言ったじゃないか」
ってことになるんだろうな、と思うと
政治家のみなさんには、気の毒になります。
わたしは別に政治家が好きってわけじゃないです。
考えずにしゃべるから、政治家としてどうよ、と
思うことがしばしばありますが、
苦労は絶えないだろうなとお察しします。

言うに言えないものを抱えて生きるのは、
だれでも同じだよ。
思ったことをかるく言わないでちょうだい。
国を動かす責任があるんだからさ。
そんなんだから日本の政治家は三流だと言われるんだ。
情けなくて涙が出てくるよ(笑)
今日は年金+2,000万円で足りるのかという話でした。

 

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檀信徒 76% 存続希望

2019年7月15日の中国新聞。
三次・庄原日蓮宗の無住寺(専任住職がいない)調査について、
檀(だん)信徒の4分の3が「心のよりどころ」
と存続を望んでいるとのことです。
檀家だけで法要を営む寺もあるなか、
住職の兼任制度や
都市部の僧侶と無住寺のマッチングを
模索する動きも宗内にあるそうで……。

宗憲で、「住職はその僧籍の寺院に
常住給仕し」とあるそうで、
掛け持ちはなかなかむずかしそうです。
でも、テープで読経を流して
法要をするところもあったりして、
それはちょっと悲しいなと思ったりもします。

戦後、高度成長で失っていった 「信仰」 という
こころのよりどころ。
外国でも似たようなものらしい。
日本では、考え方のすみずみまで 「ご先祖さま」 とか
「神々」 がいた時期がありましたが、
最近では 家の宗教と自分の宗教が違うとか
守って来た仏壇が マンションに入らなくて捨てちゃったとか
聞いてるとさびしい話もありますね。

先祖代々の宗教を、ぜったい守らなきゃっていう時代じゃないけど
SNSで リア充に嫉妬したり、自分と他人を比較して落ち込んだりしたときに
「だいじょうぶだよ、足るを知るだよ」
って言ってくれる人がそばにいると、
ちょっと安心するかもと思う(クリスチャンの言うことじゃないかもだが)。
そういう、「足るを知る」 とか、「人は人。肌の色も違うし言葉も違う」
といった考え方って、仏教から来てるわけです。
その点、仏教はすぐれてますね。
なんでも一番になりたがるクリスチャンとは違う。
(トランプさんに悪い面でのクリスチャンを見ているわたしであった)

日本もだんだん国際化してきて、「コミュニケーションのために」
言わずもがなの興ざめなことまで言っちゃうひとが増えているようですが、
ほのぼのとしたあったかい人柄って、仏教の基本のような気がする。
忘れないでね、日本の良さ。
だいじなのは 変わっていくこと 変わらずにいること。

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税金なんか大嫌い

2019年7月15日 中国新聞。
ふるさと納税 うまく使って課題解決
というタイトルで、豪華な返礼品の
注目されるふるさと納税の話が載ってます。
それによると、東京・文京区では
「貧困世帯に食品配る」活動を
岩手・陸前高田市では、
「障碍者らに就労の場」
「焼き物復活 特産品に」しているのは
大分 臼杵市です。

子どもの貧困対策に活用する試みに
ふるさと納税を使ったりする。
なんて、いいことをいろいろ書いてあるわけです。
税金って、弱者のためにつかわれるもののはずなのに、
ふるさと納税がその役目を果たしてる。
わたしが税金を払いたくなくなるのはこういう時です。

税金を使って、無駄なことばかりやってる政治家もいるし、
脱税して公共の施設やサービスを使う人もいる。
Amazonみたいに、したたかに税金を払わない企業とかね。
結局、うまくやったもんが勝つ世の中なのかと
不満も出てこようってもんです。

税金を公平に分配する国の公共語が日本語だったら
引っ越したいなーとか思ってしまいます。
ネット時代は、国境がない時代。
税金のあり方も、少しずつ変わっていくべきではなかろうか。
ふるさと納税だけが注目されるような現状が
どこかおかしい、と思わなくちゃね。

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「にゃ~」ネコ電車の降車ボタン

2019年7月12日 中国新聞には、岡山支局に勤めている中島大さんの記事に、
ネコ駅長 「たま」 をモチーフにした路面電車
(内外装はたまの絵だらけ)に乗って、ネコの鳴き声の降車ボタンを押す音に
笑ってしまったと書いてあります。
たま、クロ、モモ。最近はチャギントン。バリエーションに富んでいるそうで、
黒はその名の通り外装は真っ黒、内装は銀河鉄道999をほうふつとさせる
レトロな板張りづくり。
ももは2両編成で未来派の超低床型。
そして予約制の観光列車チャギントンに至っては、
赤と青の英国アニメのアニメキャラが
ホンモノになって街中を駆け巡っているそうで……

ネコは大好きなので、岡山に新幹線で行って
路面電車に乗ってみたい気もしますが
お金も暇もないし 夫に言ったら 「それがどーした」
と言われそうですのでやめてます><
うえーん ネコ電車に乗りたいよー(激泣き)

たまも死んでしまったからなー。
それを言うなら龍馬くん(ネコ)も死んじゃった。
ペットってたいがい、寿命が短いからいやだよなー。
ネコやイヌの霊が虹のたもとで飼い主を待っていて、
そこでは病気も老いもない世界で
お互いにじゃれあって暮らしてる、
というファンタジーをたらさわ みちさんが
マンガで発表してましたが
ああ、そうだったらいいな、と
涙ボロボロでした。

たらさわさんのドラマ、録画してるのにまだ見てないぜ……。
いつ見るんだろう(笑)
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現代のファンタジー論

2019年6月25日(火)中国新聞。
三次市三次町に4月26日にオープンした妖怪博物館の来館数が
5万人を突破した。

というわけで、今回もリアルとファンタジーについて考察してみます。
今回は、井辻朱美の『ファンタジーを読む』 の影響が多々あります。
あの本は、わたしにはツボでした、ファンタジーとは何か、という根源的な問いかけが
最近になって変容しているという論説が特に面白く、興味深く読みました。
ほんとは井辻朱美せんせにファンレターを書こうかな、
と思ったんですが、
底の浅い論説を書くことになりそうなのでやめました(笑)
評論家、哲学者にはかないません(惨敗)

この新聞の記事では、妖怪博物館のデジタル展示などについてもちょっと触れてありました。
来館者は家族連れでやってきていたようですが、
『ファンタジーを読む』 においては、「日常ならざるもの」 に関心を向ける人たちは、
古来、「変わった人たち」であるかのように書かれています。
また、トールキンが作った創作、『指輪物語』では、世界をゼロから作ったあたり、
まったく新しい手法だったことから、それがファンタジーの行く末を決定的に変えたと
書かれています。
そして、最近の特殊撮影や映像技術で、ファンタジー小説がリアルに
「見えるもの」
として表現できるようになったことで、
ふつーの人たちも、ファンタジーを 「逃避小説」 ではなく、
まるでテレビのチャンネルを切り替えるように「見える日常」としてとらえられ、
異世界が身近に感じられるようになった、とありました(記憶モード)。

実際、妖怪なんて古来の日本人は、家族連れで見るようなものじゃなかった。
昔話では、こわーくておどろおどろしい存在だったんです。
それが、江戸時代の絵描きが絵を描くことで「なーんだ」 ってことになって
日常化されてしまった。と、書いてあった記憶がある。
その論説が正しいように見えるのは、新聞記事が傍証していることから明白ですが、
三次の博物館がほかとちがうのは、
デジタル展示で妖怪を 「創り出す」 ことができることでしょうか。
自然界の怪異への驚き、崇敬という気持ちは、そこにはみじんもありません。
自分はなんでもできるという5歳児的万能感に根ざした、
怪異へのアプローチってところです。
神を信じるわたしにとっては、ヒヤヒヤものなんですけどね。

妖怪にせよ、妖精にせよ、人間が無意識界から創造した、という側面があるので、
子どもたちが勝手に色々書くのは自由でしょうが、
なんでもできる錯覚から、子どもっぽさから脱却できず、
現実に対処する能力を失った人々を描いた悲劇的な作品が
「君の膵臓を食べたい」 ではなかろうかと推察します。
泣けるそうですが、わたしの場合は父を思い出すので見てません(笑)

21世紀の現代。厳しい現実から逃避出来る安全な地(つまり親の援助)が用意されたりする。
立ち向かう人たちはブラック企業に飲み込まれていくという図式があったりして。
生きる力は、企業に搾取されるカネづるになっている。
そこから逃げ出し、追われて森に逃げ込んでも、悪魔を裏切ってくれるはずの援助者は頼りにはなりません。
心地よい夢、自慢できる写真や動画が新たな資産を生んだりします。

カネにまみれて美化された自然を見ながら、
「ジブリはいいなー」「水木しげるもいいなー」
とか言ってるかもしれない妖怪博物館。
なにか、大切なものを忘れてませんか。

現代のファンタジーって、なんだろう。

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インスタ、いじめ対策す

2019年7月12日(金)中国新聞。
インスタがいじめを助長するという批判をうけて、
コメントを再考する表示や
不快な記事が見れないようにする対処を
AIを使ってやりはじめた、そうです。

技術が表現を規制し始める時代。
いまは直接的な攻撃表現が規制されるかも知れませんが
いずれは間接的な表現(イヤミや皮肉やイジリ)さえも 「いじめを助長する」 という意図のもとで
SNSで見られなくなるのでしょう。
なにがいじめになるのか、不快な表現とはなにか、
AI に任せてだいじょうぶなのでしょうか。
いろんなひとがいるのに、類型にはめてませんかね。

国家が表現の自由を規制するのは憲法で禁止されていますが
自主規制はどうなのかはだれも言わない。
小林よしのりなんかは、差別的表現のなかには
笑いが含まれているから
それを抜きにした笑いは気の抜けたビールみたいで
とても鑑賞に堪えるもんじゃない、みたいなこと
書いてた気がします。
よしのりはきらいだけど、言ってることは一考に値する。

傷つけ合うことで確かめ合う愛ってヤツもある。
傷つけなければわからない人間もいる。
いじめは悪いとわかっていても、人間は動物だ、なくすのは無理だと思う。
陰湿ないじめがクラスにあっても、それがあることで一定の平和が訪れているのは
事実じゃないかと思ういじめられっ子のわたしがいる。
それを変えるには、人間への深い洞察や哲学に沿った教育が必要ですが、
いままでの日本の成功体験、あるいは「常識」、「和」 という名の規制がそれを阻む。

文字で攻撃することと、口にして攻撃するのとでは違うことが
中高生にはわからない。
それを考えさせるきっかけさえ、与えられていない。
「ケンカはだめよ」 「暴力はいけません」
わんぱくでもいい、たくましく育って欲しいというのは昭和のCM。
いつから「素直な戦士たち」がもてはやされるようになったのか。
おかげで多くの子どもたちは、発達障害や不登校で苦しんでいる。
学校が生徒に合わなくなっている。
政府も教育界も、打つ手なしの知らんぷり。

いまの常識が覆されないかぎり、
いじめの根本的な解決はあり得ないというのがわたしの絶望的な持論です。
あとはSNSに関する危惧もある。
投稿する前に一呼吸置こう、「冷静になってください」 と助言するのはたしかに必要ですが、
その助言をするのが哲学者ではなく、企業側の用意したAI だというところが引っかかりますね。
いじめっ子はいじめていることに無自覚だったりするんです。
気が向かないからガン無視する、それだけ。
企業はそこにつけ込む。親御さん、ユーザーのみなさん、マスコミさんに政治家さん、
お金と技術さえあれば、この問題を解決できますよ。
ほんとでしょうか。

人間って、巧妙な面がある。
AI に指摘されないように工夫した文面を書いて、いじめる可能性もある。
だれが見ても公平で傷つかない文章なんて、だれにも書けない。(神さまじゃあるまいし)
笑いをとるという攻撃方法だってあるし、
のび太をいじめること自体が定番になってる 「ドラえもん」 のジャイアンみたいな例もある。
マジメで型にはまろうとすればする人ほど、
閉塞感がぬぐえない現状。
悪知恵の働く連中が、どんどんのさばっていくのでしょう。
「承認欲求」 だけで成り立つ世界って、こわいね。
肥大した自己をもてあそんで、イイネをつけ合ったりコメントをつけたり。
自分がほんとうは何がしたいのか、いろいろなことに「忙しい」なか、見失っていくのかもしれない。

政府も思考停止な道徳教育をしてるから、「AIが助言してくれるからいいじゃん」だよな。
めんどくさいからだれも問題視しようとしないし、話を聞こうともしない。
いいのか、これで。
もっと考えようよ、みんな。

……このサイトにはアクセスがあまりない。
だから影響力はあまりないかもしれない。
キリスト教が邪教だとか弱虫宗教だと言われたこともありますが
それゆえに言ってやりたいことがある。

「いま」 「便利」 で 「役に立つ」 からって、
それが 「幸せ」 に結びつくとは限らないよ。

それにしても、ほんとうの幸ってなんだろう。
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を再読しつつ、考えてしまう
今日のわたしでした。

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資源ゴミを盗む人々

2019/06/19の中国新聞。LINE投稿があったとのことで、
資源ゴミを盗む人々について、2ページを割いて紹介していました。
どこの都市も同じなのでしょうが、広島でも古紙やアルミ缶など、
資源ゴミをリサイクルすることになっています。
しかしその資源ゴミを、ゴミ収集所から盗んで
リサイクル業者に売ることにより、
自分の収入にしてしまう人がいるのです。
市はなにも手を打たないのか、と
投稿者は怒っています。

泥棒にも三分の理というわけで、
いいわけを聞いてみると、曰く、バブル崩壊後に職を失い、
資源ゴミを盗むことを覚えた。
それじゃダメだと奮起し、
タクシー業者になったものの、身体を壊してダメになり、
また資源ゴミの泥棒になってしまった。
最近では、アメリカからの資源ゴミを輸入していた中国が
日本に鞍替えしたため、ゴミの値段があがり、
月20万の儲け。
当分やめるつもりはない、そうです。

市の方は、罰則を強化するとか、
リサイクル業者に正体のわからない人間から買うなと
圧力をかけるとかします、と言ってるそうですが、
この問題、それで解決するでしょうか。
根本解決にはならない。わたしは断言してもいい。
だって、ラクして稼げる仕事が、目の前に転がってるんだよ?
もっと働きがいがあって、収入も高い仕事を用意しなくちゃ、
泥棒さんも、生活が出来ませんよね。
罰則がこわくて犯罪ができますかね、と泥棒なら言いそうだ。
好きで犯罪してるわけじゃないんだろう。
仕事がないのが致命傷。
年を取ったら雇わない企業論理が、結局は市の財政を苦しめてるんじゃないのかな。
もっとも、コンビニとかで勤めりゃいいじゃん、という意見もあるけれど。

それまで培ってきた経験や知識が活かせる職場がないのかなぁ。
ゴミ問題は、自分自身の問題でもある。
わたしも、経験や知識が活かせる環境が、
ブログしかない状況だからねえ。
もし、結婚してなかったら、そして夫に仕事がなかったらと思うと……。
これからの時代、自分さえ良ければって資本主義は行き詰まる。
いやなことも引き受けて、生きていくのが人生ってやつ。
新しい価値観が必要だと言われながらも、それがどうにも見つからない、
資源ゴミ問題でした。

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