面白いということ考察

わたしにとって面白いことでも、他人にはちっとも面白くない、
ということはよくあることです。
大評判になった「君の名は。」は、わたしには面白くなかったけれど
他の人は面白かったし、
未見の「カメラを止めるな」は、前半がゾンビ映画というところが入りづらい。
ハリポタは好きじゃないし(ファンの人ゴメンよ)
売れる感覚がびみょーにズレてるんだよねえ。
一般ウケしない話書いても意味ないよと思う一方で、
足るを知るだよ、自分に今できることを精一杯やるんだよ、
と励ます自分もいる。
どうせいつかは死ぬ身なのだから、やれることは必死でやりたい。

面白いということの定義の回答の1つとして、
こんな箇条書きを見つけてきました。

具体的な経験談(失敗談)
的確な「たとえば」話
「要するに」抽象化
無茶なギャグ、ダジャレ
ムリくりイラスト・替え歌
キャラ化

失敗談といえば、わたしのよくやる失敗は、
自転車でコケることです。
バランス感覚を喪っているらしいのです。
このあいだは、土手を走っていて、
もう少しでドブ川に突っ込むところでした><

あと、根気がないことかな。
飽きっぽいので、創作勉強が続かない。
やらねばと思いつつ、書き写しなどは中途半端で投げ出してる。
ドラマや本では、努力は必ず報われるみたいな言い方してるけど、
体力的にも、あるいは健康上の理由からでも、
努力ができない現状もある。
1日500字書くというノルマも、いつの間にかやめてます。
1日1話ぐらいはショートショートを書きたいのにー。

友だちはデビューしちゃった。
気持ちは焦るが、現状をたのしんでる自分もいる。
下手に売れたら売れてないときより責任ばかり増えて、
無名の頃の自由さってのがなくなるだろうしね。
アホな理屈こねて自己満足に浸ってる、
自分の公開日記を再読しながら、
「このまま平和な日常を送るのも、悪くないかも?」
と思い始める今日この頃です。

夢をあきらめない人だけが夢をつかめると人は言う。
でも、夢をつかんだあとのことは、だれも言わない。
デビューした友だちのその後を見ている限りでは、
日常の雑事や病気などで執筆ができなくなったり、
〆切りに間に合わなかったりして
仕事がなくなっているようです。

マイペースで創作できるのは、アマチュアのうちだけだと思う。
プロは厳しいノルマをこなしてやっていかねばならない。
わたしの現状では、ノルマをこなせるほどのアイデアや技術はないな。
現状を変えるか、現状に甘んじるか。
変えるほどのパワーがわたしにはないし、そういう性格でもない。
夫は読んでくれるけど、文章的な修飾には無関心で、
表現が的確じゃないと指摘します。
どこまで信用していいのやら。

読んでくれたらそれでいいってもんでもないのだよ。
わたしは、文章を平凡にしたくない。
特に最近の文章は、ハリポタの影響もあって、
意味の多重化ということが見受けられるそうです。

結局作家って、孤独なんだよ。
自分の信じたことをやるしかない。
エンタメでも、売れなくなったらそれでお終い。
だれかの手元に、自分の作品が残ってくれていることを
祈るしかないんです。

エンタメを志しても、目指すところは友だちとは違うんだろうなぁ。
遠すぎて途中でバテそうだ。
いつかは芽が出るかもだけど、
世間は待ったなしですからね。

いまのうちに作り置きしておくというのもテだな。

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