『いま、なぜ思考力が必要なのか?』読了

『なぜ、いま思考力が必要なのか?』 池上彰(講談社+α新書)
2022/07/14、読了しました。
最近、インテリのシニアさんたちが
ネトウヨ化しているという論説がありまして、
彼によるとネトウヨさんは自分で考えることなく
人に頼る癖がある、なんて書いてありました。

それじゃあ、自分はどうかというと、
今度 高校の授業に「社会」ではなく
「公共」という科目が必須になるらしいから、
そこの授業で、疑似投票をやってみたい、
のだとか。
(引用開始)
選挙期間中に、各党のマニフェストや公約集、
それぞれの候補者のポスターをあつめ、
みんなにまずそれをしっかりと読み込ませます。
その上で、じゃあ、あなたは誰に投票しますかと
疑似投票をさせます。もちろん無記名です。

そして、現実世界での選挙結果が出てから、教室でも開票。
「実際にはこの人が当選したけど、わがクラスでは
別の人が当選したね、なんでこんな違いが出たのかな」
あるいは、「やっぱり同じ人が当選したね、どうしてだろう」
ということを考えてもらうようにしたい、
(引用終わり)
のだと書いてありました(P132)。

それはいいアイデア!
「公共」という科目名への疑問を抱いていることや、
台湾有事にはアメリカ軍が沖縄から出陣するという話もあって、
いろいろ面白かったです。

憲法に、国民のいらん義務をおしつけるのは問題だというのは
間違ってないとは思うけど
それなら、どうやって国民の義務(国を守ったり、
自分で考えることなどなど)を教育していくのか、
このあたりが具体的じゃなかったのが
残念でした。

離婚率が高いのに、国民の離婚を禁止する憲法案はおかしい、
と書いてあるのですが、
現状、AIによるマッチングアプリが一般的だそうですし、
結婚するまえに配偶者と自分の相性が見えてくるから、
未来には離婚率も減るかもね。

それよか、結婚したがらない若者が
多くなっていることが問題かも知れない。
結婚することで、大人になるチャンスがあるけれど
大人になりたがらない若者が多いかも。

安部元総理、死す

先々週、安部元総理が銃殺されました。
情報が錯綜し、3年しか海自にいなかった犯人が
「元海自出身!」
と大々的に報道されたり、
安部元総理が、統一教会に関わっていたことなど
どう関係あるの? と首をかしげる報道も。

安部元総理は、あまり好きではありませんが
カネをむしり取ったのは統一教会で
安部元総理ではありませんから
元海自の人は、イカれていたに違いない。

銃を持ち運ぶ人がちまたをウロついていた。
そのことにショックを受けたコメンテーターもいます。
日本って平和。

憲法改正で第九条が改悪されたら
日本人のあいだでも
銃を持って訓練、ということは
当然、予想すべきです。

ロシア人は、民間ウクライナ人を攻撃しました。
その事実を見るだけでも
銃の所持は合法化されていく方向になるでしょう。
なぜなら、自分の身は自分で守らねばならないからです。
ウクライナ軍は、役立たずだった。
自衛隊はアテになるかどうか。
PKOで実地訓練してるかもしれないけど
各個人が撃破される可能性は残る。

仮想敵国だけでなく、
おたがいに銃を向け合う日本人、という図式も
成り立つかな。

参議院選挙は自民が圧勝したそうですが、
この先どうなるのかちょっと怖い。
京アニ事件でも、頭のネジがふっとんだ人が
ガソリンを撒いて放火しました。
武器を持たないから、平和だった日本が
いずれ違う道を歩むのかと
かなりブルーになります。

ツイッターで見たんですが、
改憲は、国民が納得した上で、
本当に国民の安全を考えたものを
というのがありました。

若者が、政治に無関心になってしまい、
せっかくの権利も放棄してしまう。
「どうせ一票なんてタカがしれてる」
塵も積もれば山となるんですけど!

日本の場合、戦って勝ち取った自由じゃなくて
GHQのお達しで手に入れた自由だもんな。
アメリカのマインドコントロールで
政治が動いてるとしか思えん。

 

天皇に○○を

このあいだ、FBの動画で、
ひろゆき(ネット初期の2ちゃんねる管理人)が登場し、
その動画のタイトルに曰く、

「天皇無能論を、ひろゆきが論破する!」

どういうことかと興味をそそられて動画を注視したら、
ひろゆきの曰く、天皇は、好きで天皇になったわけじゃない、
生まれつきいわゆる天皇という名の役者になった。
その職業が好きならともかく、おれにはそうは思えない。
エロゲームも1日ダラダラ過すこともできない、
そんな天皇なんておれはなりたくないな。

という概論でした。
論理というよりは、感想だなと思いました。
無能だという論があるなら、天皇がいかに有能かを論証するほうが
論理的だし、議論になると思うけど、
これは論破したと言うにはあまりにお粗末な論理。
そもそも、論点がズレてる。
相手は天皇の仕事ぶりを論じているのに、
ひろゆきは、天皇の気の毒ぶりを論じている。
議論がかみあってない。

ねえ、ひろゆきくん、天皇という職が気の毒なら、
天皇に人権を認めさせるように
憲法を変える運動をしたらどうでしょうか。

憲法によると、天皇は日本国民のシンボルだそうです。
シンボルだから、イメージに合わないことは
させてくれない。
人間に幸福の追求権があるのなら
天皇の幸福って、なんだろう。

上皇陛下は、引退されてから、
すぐに新種の生物を発見されたということで、
そういう研究に命をかけるのが
天皇の幸福なら、
その権利を奪っているシンボルという魔物は、
人権蹂躙を平気で行ってるってことでしょう。

人間、だれしも好きなことをする権利がある。
天皇は、国民から「あんな仕事はしたくない」
と言われるような、キツイ仕事をしている。
否も応もなく。

天皇が無能だという論を述べている人々は、
少なくとも、自分たちとレベルをいっしょにしているように見える。
つまり、仕事をちゃんと見える化しろよ、
おまえ、一人前の人間だろという考え方。

ひろゆきのは、天皇はありがたいねという話。
優しい論理のようで、実際はどうなんだろう。

 

エッセイストは物書きじゃない?

FBにいるHさんが、
エッセイを自費出版するのは
道楽にすぎない、クズを売るなと
ケンカ口調でFBに投稿していました。
もちろん、その問題意識はよくわかりますが、
言い方が鋭すぎて反発を買いそうでした。

Hさんは、一流大学出の人間なので、
ものごとを深く理解している――と
わたしは思っていました。
一流大学に入った以上、怒涛のように勉強したのだろう。
だから、考え方も立派に違いない。

そこでわたしは、山本夏彦を引き合いに出して、
もともと文章はタダで配布されていたんだと
説明しました。
一部の好事家が、お互いの小説を読んでいたばかりだと。

するとHさんは、エッセイなんて日記に過ぎない、
文章も小学生レベルにも達していない、
私はエッセイの書き手を物書きと認めない、と凄い勢いで
反発しました。

なので、わたしは、
清少納言や、兼好法師は物書きじゃないんですか
と問うてみました。
それっきりです。

極論を言うのは勝手ですが、物事には裏があるんですよね。
物事をぎゃくに考えることは、ふつうは難しい。

だから、たとえ気に食わない意見でも、聞いてみると面白い。
わたしにとって、合唱サークルの一部の人(Oさん)の言葉は、気に食わない。
Oさんは、核兵器を肯定しているし、
日本の武装を標榜している。

武器を取って戦うのは、Oさんのような80代の人じゃない。
年寄りはいいよね、好きなことが言えるから。
日本のためと言ってるけど、けっきょくは自分のためなんじゃないの。
戦え、戦えって尻をたたいてるけど
自分は戦って死ぬことはないだろうしね。
老人のために死ぬなんてヤだな。

そんなふうに思っているけど、口には出さないのです。
日本が無抵抗で占領されるという未来よりは
すこしは戦うことも視野に入れるのも
アリだと思ってますし。

色んな考え方を知りたい。
狭いままじゃ、つまらない。
と思った今日でした。

 

 

 

中国新聞短編賞に再挑戦します

10年ぶりぐらいに、中国新聞短編賞へ再挑戦します。
以下は、そのボツ原稿。
(引用開始)
今でも夫とタンデムして、広島県内を日帰り旅行に出る。そんなあるとき、饒津神社の涙型の石碑を見て、投下地点からここまで、原爆犠牲者がどんな思いでたどり着いたのかと背筋が凍り付いた。
わたしは想像しようとした。いまは建物やショッピングモール、百貨店などのならぶこの広島市内には、かつてまるでなにも、そう、ネズミ一匹いなかった時があったのだと。
実感を伴わない現実だった。たった七〇年まえには、ここにあるのは、水を求めてうめく声や、苦しみもがく姿が、数多くあったのだというのに。
広島というと、お好み焼きか、牡蠣か、宮島か、カープぐらいなものだ。原爆だけは特別で、マスコミでも関連記事や放送が、毎日のようにある。通院すると、年寄りたちが、原爆の話をする。
(引用終わり)

といったふうに、かつてネットで発表したようなことを
リライトして、新しい視点です、すごいでしょ、みたいな顔で
投稿するんです(笑)

10年前には、中国新聞短編賞の最終審査にとおったことがあり、
調子に乗ってあれこれ書いて投稿していましたが、
ちっとも採用されなかったので
メゲて投稿をやめてました。

しかし、過去の日記を再読したのと、
講談社のNovel Daysに投稿している
「Ingress――
日常を冒険しよう」というエッセイを再読したのとで、
わたしのやるべきテーマが決まったような気がします。

毛色の変わったエッセイはウケるんですよね。
アクセス数の多かったカクヨム日記や
Novel Daysのエッセイを見ていると、
わたしの日常よりは、
わたしの問題意識や、世の中への疑問点、
不満などがウケてる。

アクセスを取ろうと思ったら、それを中心にするべきなのでしょう。
いつだったかカクヨムで日々の事柄の順位が上がったときは、
まさしく、そんな記事が投稿されていました。

夫は認めないだろうなあ。

昔話は難しい? パート2

昔話の本を、ネ友に貸したんですが
「昔話って難しい!」というメッセージが再び来ました。
前回は、一寸法師でしたが、
今回は、「うりこひめ」。
以下はその会話です。
Q:「『うりこひめ』の「実のある箱はこっちへ来い」と言う文句は、童謡などでも良く聞くのですが、昔から使われてる遊び文句みたいな感じなんですか?」

これは、一種の呪文です。
『うりこひめ』の冒頭で、川から流れてきた箱には、2つありましたよね。
それを見たおばあさんは、中身(実)のある箱が欲しかったのです。
そのため「実のある方はこっちへ来い」と声をかけたわけです。

Q:「それと、アマンジャックは、天邪鬼ですかね?
女とあるけど、俺と言っていて、男?とか、思ったのですが、
確かに私の祖母も、自分の事を俺と言っていて、、、
昔はそういう感じなのかなぁ、、、と思いましたが、どうなんでしょう?」

アマンジャクは、天邪鬼のことです。
人のいやがることをするのが天邪鬼。
人と反対のことをしたり、ナマケモノなのも、天邪鬼。
男にしろ女にしろ、ひねくれ者への悪口として、天邪鬼という言葉が存在しました。

具体例をあげましょう。
うりこひめが、「管こなくとも七ひろ織れる」というファンタジーな勤勉ぶりを歌うところに注目。
その後いれかわった天邪鬼が、「管こがなくて織りよがない」という間抜けぶりを歌いますよね。
ちなみに管とは、機を織るための道具です。(管こ、とは方言の一種)

「俺」という呼称について
これは、関東から北の人は、かつては方言で、自分のことを、おおむね『俺』と
呼称していたことに由来するのです。

(以上、会話の一部を転用しました)。

核家族化が進んで、昔話が上手に伝わってない状況が見て取れます。
知らないことは罪ではないのですが、伝える努力をしてこなかったのは
大人たちの罪でしょう。困ったもんだ。

自費出版は、本じゃない

唐突ですが、来年までに、今まで書いたエッセイを、
自費出版してみたい、と思ってます。
KINDLEだったら紙媒体でも無料(ただしオンデマンド)。
もちろん、自己満足のためです。

『宮島電車のはなし』も含みます。
これは、広島の沿線にある公民館で7月から8月に催される講座。
エピソードや写真を募集してるので、3エピソードほど、投稿しました。

投稿内容は、電車内で出会ったヘンな西洋女性の話、
宮島電車が通過する駅名のナゾ、
警官のユニークな広島弁アナウンス。

メールで送ってくれ、と言うので1話ずつ、メールしました。
8月1日が受講申し込み開始です。もちろん、申し込みます。
講義の際、きっとわたしの送ったエピソードのどれか1つが紹介されるだろう。
あわよくば、3つとも紹介されるかも……

などと、取らぬ狸の皮算用。

カクヨムで書いている『日々の事柄』も順位が210位になり(7月3日時点)、
アクセスが増えつつあるようです。
読んでくれた人から個人メッセージが来て、

「楽しく拝読しました。自然体なのがいいですね」

という感想が来たこともありました。お世辞でもうれしいっ!

そこで、調子に乗りました。

わたしのエッセイは、アッサリしていてくどくなく、
比喩も季節感もあまりないけどシンプルでいい、という評価もあります。
でも、本にするには、ものたりない。なのでリライトします。

自費出版なんて、恥をかくだけ。
そもそも、エッセイなんて売れませんから。
よほどの個性がないとね。

個性的なインパクトがない本なんて、意味があるのか?
そもそも、なんのために世間に文章を出しているのか?

自分を客観視できないのに、
これはオススメだから買ってなんて
どの口が言えるんだと心の声。

エッセイなんてクズ作品だという人もいる。
だから、わたしも売れるとは思ってない。
記念にひとつ、なにか残そうというだけの話です。

本にするための森林が泣いている(汗)
こうなったら居直ろう(どーん)。

万歩計ゲーム『ピクミン ブルーム』

目標にチャレンジする、ということを
ゲームで実行しています。
そのゲームのタイトルは、『ピクミン・ブルーム』。
『Ingress』や『ポケモンGO』を運営している
ナイアンティックのゲームです。
このゲームの主な目的は、
歩いてゲームキャラクター(ピクミン)を
デコレートしよう、というものです。

このピクミン、ふだんは道ばたとか駅前とか
美術館とか、映画館とか、
とにかく色んな所に苗の形でひそんでいて、
それをピクミンがおつかいで拾ってきて
歩いて苗を育て、ピクミンが育ってきたら
デコレートするよう、なかよし度を上げるという
かなり単純なゲームです。

歩くのが主な目的ですので、
最近では週イチ、目標歩数に達したら
アイテムをもらえるという
『ウイークリーチャレンジ』という企画も立ち上がっています。

この『ウイークリーチャレンジ』には、最高5人のメンバーが
よってたかって1週間あるきまくり、日曜までに
総計10万歩あるいてアイテムを貰うんですね。

ところが、ゆるふわな人もこれに参加するため、
ガチな人に負担がかかっている模様。
わたしはゆるふわで、ガチ勢に負担をかけてしまい
申しわけないと思っています。

「ひとり最低2万歩は歩いて欲しい!」
という声もある『ウィークリーチャレンジ』。
わたしは最低レベルを維持しつつ、
チャレンジしては、アイテムをもらっているわけですな。

ほんとは総計2万歩コースもあって、
ガチ勢には負担のかからないように設定もされているんですが
ご褒美がショボイ……。

重荷をしょいつつ、ガチ勢のがんばる『ウイークリーチャレンジ』。
個人的には、わるいよなあ、と思っているので、
ガチ勢に、なんとかお礼をしたいと思ってるんですが
今のところ礼状を書くとか、ゲーム内コインをゆずるとかが
出来ないみたいなんです。

毎日すこしずつ歩いてコインをためているので、
10コインぐらいならゆずってもいいと思うのですが……。

歩けないなら2万歩コースへ行けと言われそう。

 

サークル活動の裏話

いま、うちの合唱サークルで
『つぐない』(唄:テレサ・テン)を勉強しています。
その歌詞をめぐって、
会員と湯山先生の会話が秀逸だったので、
思い出せる限り、書いてみます。

『つぐない』は、男に未練を残しつつ
去って行く女の情念を歌っています。
その歌詞に、「西日のさす部屋」というのがあるので
会員のOさんが、
「安アパートに住んでるのね」
と感想を言うのでした。

「こんなイジイジした女は好みじゃない。
いつまで男の思い出に浸ってるんだ!」
Oさんは、言いたい放題です。

湯山先生も言います。
「私もこんな女は嫌いだけど
そういう歌じゃけーねー」
別れるならスパッと切り捨てりゃいいのに、と
文句を言うのでした。

Oさんは、「こんな歌、ついていけない」
とごねます。ネチネチ、イジイジした女は
自分の性格にあわないらしい。

「そこを勉強するのよ」
と湯山先生が言うと、
「もう私は80歳を過ぎてますからね……」
弱気発言のOさん。

湯山先生は、大きな声で笑いながら、
「実際に生かせというんじゃなくて、
想像してみるのよ。
私もカルメンを演じたときは、
その人の性格なんかを想像して
それに没頭して演じたの。

それで私=カルメンだと信じた男性から
言い寄られたこともあったけど、
汚らわしいって払いのけてやったわ!

でも、それだけ私のカルメンが説得力があった、てことだから
それはいいことだと思ったわね。

だから、なんでも想像を働かせるのがポイント。
どんなに相性が悪くても、
違う世界が見えてくることもあるんだから」

30年ちかくサークル活動していますが
思いもかけず、演技についての
苦労話を聞くことが出来て、
わたしはうれしく思いました。

自分の知らない世界があること。それを
垣間見ることが出来ること。
サークル活動って、そういう面があります。

毎回、そいう話があると
日記ネタになりやすいんだけど
あまり面白いエピソードがないんだよなあ。

老病生死の話題。シリアスすぎてつまらん。

半年と2週間経ちました

今年も半年と2週間経ちました。
いまさらですが、いままでわたしがどのくらい成長したかを
確認したいと思います。

今年の前半は、『スタートレック:宇宙大作戦』(STOS)
にハマって、毎日最低2話を見て、
ブログやカクヨムに投稿していました。
「この記事、深い!」
とカクヨムで言われた記事もありました。
しかし、アクセス数はさほどなし。

このSTOSで学んだことは、
キャラクターに一貫性があり
背景がしっかりしていると
説得力がある、ということでしょう。

フィクションですから、多少の誇張がありますが
なにかというと「非論理的ですな!」
というスポックのファンが多いのは、
いざとなると感情的になり、
論理もなにもすっ飛ばして突っ走る性格が
『ギャップ萌え』するからでしょうねえ。

名作には、強烈なキャラクターが存在する、ということが
よくわかるシリーズでした。
自分の作品に生かせるかどうかは
別問題ですが。

STOSを観終わった後は
DS9を観ています。
毎日1話観てますが
観れないときもあります。
前に言ったように、
政治的な話がややこしくて
わたしにはちょっとハードルの高いシリーズです。

今月でシリーズ完見予定の『大草原の小さな家』は
名作中の名作。
1話のなかに、どんでん返しがこれでもか、と盛りだくさん。
目的達成をさまたげる障害や問題、葛藤
人種差別や障がい者差別といった重い問題を
ファミリードラマという甘いテイストで包む
今まで見た中では斬新なドラマでした。

ちょっとキリスト教くさいのが難点ですが(汗)
西部開拓時代のアメリカが舞台だから、
仕方ないか……

6月までは、海外ドラマばかり観ていたのと
創作を1本(10万字)
エッセイを3本(800字)
投稿したのが実績ですね。

7月末ごろには北海道旅行の予定。
もっと季節感のあふれるエッセイ日記を書くことが目標。
8月以降は、
もっと読まれるエッセイを書きたいけれど……

カクヨムのテイストじゃないから
無理かもなあ……。
異世界エッセイというアイデアもあるが
すでにカクヨムに小説で、『異世界ウォーキング』というのがあるのよね。
パクったと言われたくない。