宮島の仏さま・現地探訪(その2/3)

2019/12/11、公民館活動で宮島の現地に行き、
仏さまを見学する、というイベントがありました。
午後13:30~16:30まで。
講師は仏像ナビゲーター、政田(まさだ)マリさん。
タイトルは、
「あなたの知らない宮島を知る・歩く」
第2回 『神の島 宮島の仏さまたち』。
今日はそのレポート2です。

宮島には、お墓はありません。死と血は穢れだから。
だから、現世で成仏をとなえる浄土真宗は、NGだった。
浄土真宗は、肉も食べるし、女も抱きますからねえ。
しかし明治時代から観光客を相手にしよう、という政府の方針転換により、
大正時代に浄土真宗の教場が出来、その後、「真光寺」というお寺が(昭和から)できました。
このあたり、遊郭もあったそうです。
幕府令により、城下には遊郭は御法度だったので、宮島に持ってきた。
で、宮島の遊郭は、番付けができるほど有名になったそうです。
町家通りは厳島神社のはしのはし。その端の方に遊郭があったとか。

不動堂。宮島さんの鬼門エリアを封じる意味で作られました。
昔は釈迦如来と三尊があったんですが、神仏棄却のあおりで
釈迦如来は破棄され、不動と毘沙門天が残りました。
弘法大師もここに関連したようです。
ここには、聖観音(しょうかんのん)の石像もあります(結構あたらしい)。
聖観音は、千手観音とかいろんな観音に変化するまえの状態で、
この観音様は、人に合わせて仏様が変化するとかです。
顔の上に阿弥陀様が載ってます。

乳地蔵。子どもに飲ませる乳がよく出るように、という願いを叶えてくれるお地蔵様。
遊郭があるから、子どもも出来ます。母親は、里に帰れないので、お腹が7ヶ月目に入ったとき、
出島して、地御前あたりで出産。(血が穢れなので、島で出産できない)。
75日経ったら、宮島へ戻れるそうです。
この辺は女人坂(にょにんざか)と呼ばれる狭い坂があります。

宝寿院(真言宗、本尊は阿弥陀如来)の千手観音。
手がほんとうに1,000本あるわけではなく、
25界(地獄から有頂天まで)を救う42本の手、
なので、かけ算して1,000本あるという計算。

誓真(せいしん)さんが作った井戸。(10カ所)。
現存しているのは4つだけ。
この誓真さんは、器用な人で、
宮島に山とある木材を使って工芸品を作りました。
そのなかには、しゃもじもあったということです。
ちなみに四国の人です。

休憩が入りましたので、まえに聞きたかったことを
質問しました。
「仏さまを大切にしていた民衆が、
時代が違うからって、あっさり仏さまを投げ捨てるって
どういうこと? わたしには理解できない」

答え。
「その当時は、明治天皇は神さまだったんです。
古事記の昔から神さまの血筋だと言われてたでしょう。
で、よく考えてみたら、仏教も外国の宗教じゃないかってコトで、
仏さまを捨てろってコトになったんです」

いまは、神仏分離の影響で、仏も神も別って思う人が多いみたいだけど
昔は違ってたんだよー
ということでした。

神仏分離の波をモロに浴びた、宮島の話も
たーっぷり聞かせていただきました。
これはネタのため、自粛(笑)

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