宮島学 勉強してきた! 12月5日

さて、今回は5日と11日に開催されていた
公民館の講座に参加してきた話をします。

第1回目の今日は、5日に開催されていた講座の話。
「江戸時代~明治時代の宮島を探る」、というタイトルです。
この講座は2年まえからありまして、今回は第2弾、だそうです。
前回は、わたしはスルーしました。
船に乗って宮島付近を巡回って、そんなヒマはありません!

今回だって、やっと2時間、時間をひねり出して参加したんですからね。
で、わかったこと。――宮島関連には、サイトがあります。

宮島学センターデジタルアーカイブサイト、
http://mjp.pu-hiroshima.ac.jp/mjarchive/

今回は、そのサイトを紹介しつつ、
宮島の意外な素顔を教えていただきました。

江戸時代には、木版画でそこまでやるか、というほど
細かいところまで描写された宮島。
しかし明治時代になると、神仏分離の波に襲われ、
神仏合体を平安時代からやっていた宮島も、
僧侶が追い払われたり、
神社のなかの仏教的遺産がすべて廃棄されたり
たいへんなドラマがあったのでした。

わたしにはイマイチよく分からんのだが
政府の圧力に対して、仏教徒たちは抵抗しなかったんだろうか。
だいじな仏教的なシンボルを破壊されたり、
廃棄されて、悲しくならなかったはずはないけれど。
政府の言うがままに、神仏を分離させてしまっている。
これがキリスト教徒だったら、
きっとすごい抵抗があったと思う。
天草の一揆を見よ。

神社の朱塗り柱を、「仏教的だから」 という理由で
砂で磨いてはがしちゃうところまで
徹底してるんだよね……。
それなのに、唯々諾々と受け容れてしまう。
仏教が平和的な宗教だって言ってもさ、
こんなことで生き残っていけるんだろうかと(余計な心配)

でも、明治の政府がどれだけがんばろうと、
神さまと仏さまが同じだという庶民の意識は変えられなかったのであった。
最近は、一神教の影響が如実に出てきて(RPGのせいだな)
多神教のゆるい感じがなくなってきたのが、
わたしには気になります。

11日の話は、18日以降にします。

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