うるさい勧誘

スーパーストアの入口で、
見るからに業界の人、というアヤシイ雰囲気の若い男女が
ガラポン長机の前で、このところ毎日、
ティッシュペーパーを配っています。

ティッシュペーパーをもらったら、その人たちの
営業トークを、滔々と聞かされるハメになることは、
おばさん心にもだいたいひと目で見当がついていたし、
営業している内容が、スマホの乗り換えということで、
少々、ハードルが高めであろうことは
予想できていました。しかし、その長机の前で足を止めてしまうのです。
ティッシュペーパーが欲しくて(笑)

テントの中にいるのは、
女性が3人、男性が2人かな。
この暑い中、赤い法被着て、か細い声で勧誘してきます。
痩せてるし、なまっちょろい。
こういう場には、テキ屋がぴったりだと思うが
その手のアヤシサがない。

「そのスマホは、ドコモのですか?」
わたしが首から提げているピンク地のスマホカバーを見て、
問いかけるおにーさん。
わたしのスマホカバーは、子猫が
小魚の骨を見あげながら鳴いているイラスト。
「それ、OPPOでしょう。
最新型モデルじゃないですか」
というおにーさん。
驚いた、当たってる!

「そのスマホは、どのくらい使っておられますか?
3000円ぐらい? ギガ数も少ないのでは?」
おにーさんは、なにかを差し出します。
「受け取ってください」
やはり、うすぺらの携帯ティッシュでした。

「ありがとう。でも、夫に、すべて任せてるので……」
わたしはティッシュだけ、もらいました。
スマホ関連は、ぜーんぶ夫任せです。
契約会社も
支払金額も
ギガ数も
わたしはなーんにも知りません。

夫が死んだらと思うと不安ですが
とりあえず、困ってないのでお任せモードです。
しかし、その人はそれを知らないので、
店を出ようとするわたしのあとをつけ回し、
「そのスマホの料金は
高いです!」

ほっとけ!

ティッシュをもらえて嬉しいけれど
だんだん、おっくうになってきました。

営業妨害だよね。
もう、そのスーパーに行きたくないです。

自分の世界観を持つ

わたしのエッセイは、なかなか読者が増えません。
なぜだろう、と夫に言ったら、
「自分の世界観を持っていないからでは?」
というご意見でした。

「昨日はオレの話
今日はウクライナの話
明日は母とキミの話
てんでんばらばらなので
読んでいても混乱する」
というのです。

「群ようこは
猫の話を書いた『トラちゃん』などで
猫エッセイストみたいになったし
さくらももこは
昭和の話が中心だっただろ。
キミは、なにがウリなんだ?」

そう言われてみると、
ペット不可マンションなので
猫エッセイストってわけにはいかないし
昭和の話をしたくとも
ずーっといじめられっ子で
友だちもいなかった。
田舎に住んでいたから
話題は田んぼの生き物ぐらいなものだな……

エッセイは身辺雑記というジャンルなので
どうしても、とっちらかった作品ばかりになる。
読んでいる人が少ないのは、
たぶん、バックボーンになるものが
見えてこないからなのでしょう。

平凡な主婦の家族雑記なんて
読んでいて楽しいのかな、と自分でも感じます。
ほかの人の小説のほうが、ずっと面白いのは、
そこにドラマがあるからです。
わたしのは、ドラマはまったくない。
なにか発見があるか、と言われると、
どうやらそれもなさげです。

ほかのエッセイストの作品を見てみると、
岸本葉子なんかは、発見の面白さが群さんと同じぐらいある。

岸本葉子の背骨は、「独り身でも楽しい」という世界観です。
わたしの場合は、「子ナシでも楽しい」っていう世界観?
広島という土地柄も考えるなら、
世界とつながることも視野に入れたい……

あれもこれもとやり過ぎるから
読者が離れちゃうのかも知れない。
自分の世界観というものを
全面に押し出すほうが、読者もついてきやすいかも。

しかしなー。
そうなってくると、避けられないのがキリスト教なんだ……。
わたしは、はぐれクリスチャンなので
正統派からなに言われるだろうかと怖い……
エホバの証人みたいに開き直りたいよ(笑)

使用済みマスクの芸術的末路

通院していると、みょうな話を耳にすることが
しばしばあるものです。

ミツバチが、軒下に巣を作ったので
ハチミツが獲れるとよろこんでいたら
いつの間にか、蜂がぜんぶ引っ越したとか
ヒトラーみたいなプーチンが嫌いとか
いろいろ話題はあります。

今回おはなししますのは、
ごく最近聞いた、ヘンタイ話です。
川端康成は、「富美子の足」で
色っぽい富美子に踏みつけにされて
喜んでいるアヤシイ男ふたりの話を
紹介していますが、

今回のヘンタイ話は、それとちょっと似ています。
その人自身も、そうとう面白い人で
文芸作品に登場してもおかしくないと
思うのです。

話し手は老女で、着ている服はカジュアルな
茶色っぽいワンピースでした。
もちろんマスクもしています。
ふつうそうに見えるその人の趣味は
テレビ鑑賞。

今日も、ヒマにあかせてテレビを見ていました。
すると、ニュースバラエティ番組がはじまりました。
ダラダラ眺めていると、インタビューがはじまります。

「コロナ禍ですが、使用済みマスクをどうされてますか」
マイクを向けられた老若男女は、
それぞれ、思い思いに答えます。
「毎日あたらしいマスクをつけてます」
当たり前そうに、若者がこたえます。
「これと同じマスクをつけているので、
洗って使ってますね。
せっけんで押し洗いするのがコツなんです。
やり方がネットに載ってます」
白いレース付マスクをつけた、
スタイリッシュな女性が答えます。

そのうち、ひとりの女性が進み出ました。
「わたしは、メルカリに売るんです」
インタビューアーはびっくり仰天。
「え、メルカリ? 使用済みをですか?!」
「高く売れるんですよ。300円ぐらい。
口紅がついてるのがいいんですって」
「あ……いや、コロナってこと、わかってます?」
「わたしには実害はありませんが?」

ひとしきり、その話をした老女は、
憤然として結びました。
「買う人も売る人も、ぜったい、ヘンタイ!」
ヘンタイも、きわめれば芸術作品になる。
やってみる人、いませんかね。
わたしにはそのセンスは有りませんのでご勘弁を!

義母と散歩~ブルーなウクライナ

このところ、午前中は義母と散歩に出かけています。
ちかくに広い公園があって、
そこが義母のお気に入り。
風がやんでいたら、わたしといっしょに
ボール遊びもしています。

走り回る二歳児と、追いかけるおかーさん。
「三歳になってないから、幼稚園や
保育園に入れないのね」
義母は感想を漏らします。
照りつける太陽に、汗が出て来ました。

こんなとき、小説では、異変が起きます。
たとえば、過去からやってきたタイムトラベラーが
この公園を見て、腰を抜かすとか。

異界に通じる扉が、とつぜん開き
召喚されたわたしたちが勇者になって
いろんな冒険を繰り広げるとか。

もしかしたら強盗がやってきて
義母を人質にとって
わめきちらすところを
カッコイイ男がやっつけるとか

ひょっとしたら、地面に落ちていた宝くじが
10億円の当たりくじで
億万長者になっちゃうとか

想像は爆裂するんですが
公園はあいかわらず、平和です。
平和はときに、身勝手さを醸成します。

思い起こせばサークル会員が、
ウクライナの状態を見て
「戦争当時を思い出す」
と言っていました。

あの当時といまとでは、
彼女にとっては違いがないのです。
身につまされるし
つらくなってくる。

優しい人だな
と思っていたら、その人は、
「こんなことを言ったら不謹慎だけど……」
と、ためらいがちに、

「ウクライナの人たち、
早くロシアに降伏すればいいのに。
あの惨状を見てると、わたしは胸が張り裂けちゃう」

指導の先生が、
「でもそれじゃあ、ウクライナは国がなくなっちゃうよ」
と言うと、その人は、

「でも、日本だって原爆を2つ落とされて無条件降伏して
いま、ちゃんと国があるじゃないですか」

平和であることの意味、国の意味。
原爆の惨状を世界に訴えられなかった時代が
日本にもあったことを、
アメリカが言論統制したことを、
彼女は知らないのです。

義母といっしょに帰りながら、
わたしは少し、ブルーになっていたのでした。

『サンモールの思い出』雑感

 

いつだったか、エッセイを書くのが虚しい、と
日記にコボしたとき、
夫や読者から慰められました。
ありがとうございます。
そこで、あらためて来月末が〆切りの
『サンモールの思い出』について、
お話しします。

広島中心地にあるファッションビルで有名なのは、
パルコとサンモールです。
パルコは新参者ですが、
サンモールは70年代から存在する老舗。
しかし、老いてヨボヨボ、なんてことは
いっさいありません。
むしろ老いてますます盛ん、という感じ。

このサンモールが、エッセイを募集しています。
『サンモールの思い出』というもので、
時代は70年代から2010年まで。
その他の時代、というカテゴリーも用意されています。
わたしは、3本ほどエッセイを書きました。

人に読んでもらって感想をいただいたんですが、
どれが一番なのか、意見が分かれています。
「呉服屋の思い出」は、伝統の呉服話と嫁・姑の
仲良しぶりがいい。
「イタリアンのお店」は、カジュアルで共感でき、
昔のことをアリアリと思い出させる。
「Tシャツとわたし」は、テナントの話が面白い。

意見が分かれると、どれを投稿したらいいのか
迷います。
まあ、複数投稿可なので、ぜんぶ投稿すりゃいいんだろうけど
やっぱり、それだと実力が透けて見えたりして
怖い気もするし

どうせなら、一番になりたいんです。
一番は、五万円もらえるんです!
八〇〇文字で五万円!
エビでタイを釣るって、
このことですね!

考えて見てください。
五万円割る八〇〇文字。
一文字60円強ってコトですよね。
最近の相場から考えると、
一文字1円ってのがふつーだ。
果たして、それだけの価値のある
作品を作れているのだろうか。

それを考えるとうなされてしまいます。
気軽には書けないんです。
つい、人の作品を参考にしようと
さくらももこを買ってきて
爆笑してから
「かなわん……」
ひそかに泣いたりしています。

わたしはわたしの道がある。
いまは雌伏のときなのだ。

 

たかがお話じゃないか

SSnoteでちょっとしたお話を作ってます。
その際、読者からご指摘を受けました。
つくった作品について、その影響を考えて欲しい、という
単純なものでした。

その作品では、オオカミさんが悪者になってます。
そのためにオオカミが絶滅したり
鹿などが増えて食害があったりするので、
もうちょっと考えてーというのでした。

物語には、力があるという考え方があります。
『ああ無情』は、罪の軽重によって刑の重さも変わるという
社会的な影響を及ぼしましたし、
『アンクルトムの小屋』は、
アメリカの南北戦争の遠因になったといわれ、
リンカーンが作者のストー夫人に
苦言を呈したという話もありますね。

だから、人は物語を欲するのでしょう。
自分を変え、社会を変え、
さらに世界を変えるために。

しかし、いっぽうで、人間というものは
根本的には変わらないという
考え方もあります。
親鸞などは、その立場に立っていて、
自分で努力すれば救われると思っている善人が救われるなら
救われない悪人も救ってくださるのが阿弥陀さま、という教えを
説いています。
自助努力を放棄して、
阿弥陀からの救いを信じる。
それが、浄土真宗の教え。

その立場から言うならば、
根本的に人が変わらないように、
物語が人を変えることはあり得ないってことになる。
たかがお話じゃないか、と太宰治は言ったそうです。
お話の力は、そんなにも無力。

ただ、親鸞の説法も、お話めいているところがあり、
親鸞自身もまた、お話に支配されているところがあるな、と
思うこともあります。
ときどき、「阿弥陀さま以外は信仰しなくていい」
なんてことをきくと、
浄土真宗って一神教なのね~
なんて思ったりもして

ひとつのお話で、人生が変わることもある。
お話で人生を変えられた経験、みなさんありますか。
わたしは、あります。
現実を見据えつつ、現実を超えていく。
文章には、そんな力があると、わたしは信じます。

ま、わたしの場合は、読んでくれる人はほとんどいないけど。

ウクライナとわたし

ウクライナが侵略されてもうずいぶんになります。
ロシアという、北方領土問題を抱えている日本にとっても
他人事では済まれない問題だと思っています。

いつ、なにを口実にして日本を襲ってくるのかわからない、
そんな国を隣にした、ウクライナの人たちのことを思うと、
胸が痛む思いです。

そもそも、ウクライナってどんな土地なんだろう。
いつだったか忘れましたが、
最初に日本へウクライナから難民が来たとき、
義母がTVを見ながらふしぎそうに、
「ウクライナの宗教ってなにかしら?」

わたしは、「あ、キリスト教だよ。代表的なのは
ウクライナ正教会のキエフ総主教庁、
モスクワ総主教庁系のウクライナ正教会、
ウクライナ独立正教会の三つの正教会と
東方典礼教会があるそうです」

ウクライナは、昔から同じキリスト教圏(といっても宗派は違う)の
NATOに入りたかったけれど、
昔はNATOは、大統領の汚職とかいろいろ問題があって、
NATOはガン無視していたらしい。

しかし、最近のウクライナはマトモになってきたので、
NATO加入が現実のものとなり、ロシアが焦った、という情報があります。

ロシアもキリスト教圏なんですけどね。同じ宗教なのに、争ってる。
嘆かわしい。

わたしは、ウクライナの絵本を図書館で見つけてきました。
「てぶくろ」という絵本です。
カエルやウサギが手袋に入ってくるのは、まあ、許せるとしても、
キツネやイノシシやクマまで入っちゃうこの破天荒さ。
笑っちゃいます。

宗教臭さはまるっきりありませんし、
この絵もかわいくて、もう、何度読んだか知れません。
そのたびに思うのです。

ウクライナに出来ることって、なんだろう。
わたしには難民を受け容れるほどの度量もないし
家のスペースもない。
言葉が通じなくて、困ってないだろうか。
食料とか、足りてるんだろうか。

卑劣な市民虐殺もするロシア。
北方領土問題もありますし、
ウクライナには、負けて欲しくないわたしです。

雑ネタあれこれ(2)

今日も、一エピソードにまとめることのできなかったネタを
羅列してご紹介します。

☆一発で古紙に
ネ友が、HPの料理レシピを印字しました。
画像入りで、親切だなあと大感激。
ところが
2枚目に1行だけURLが……
この印字されたURLのために紙が古紙になったと
怒り狂うネ友であった。
身につまされる。

☆祖父の法事が近づいてきたネ友
ネ友が法事で使うレストランをさがしていました。
あるレストランを見つけて、
ネ友「あ! あれなんか法事にいいんじゃない?
ほとけ料理店って書いてある」
友だち「仏料理店。フランス料理店ですけど……」
ネ友「……」

☆広島地元愛・むすびのむさし・からあげ
このあいだミートナウしたときに、短大の時の友だちが
「広島には、『むすびのむさし』ってのがあるそうね?」
と話を振ってきました。
わたし「あら、あなたは三重県なのに、物識りね?
チェーン店『むすびのむさし』は、地元では有名よ。
売っているのは、中に昆布とか梅干しとか入ってるおむすび。
味は、わたしの好みじゃない」
友だち「むすびについてるからあげが、美味しいそう。
食べに行きたい」
わたし「そんな、わざわざ三重から食べに来るほどのもんじゃないよ……
どうせ来て食べるなら、生もみじを食べたい」
生もみじってなに、という短大友の盛り上がりに、
食べたことがないと答えるわたし。
バスのボディ宣伝で知ってるのさ。

☆広島郷土愛・にがる
ちなみに広島には、
「にがる」という方言があります。
ずしーんと重たい感じのする鈍痛を表す言葉だそうです。
夫も肩がにがると言っています。
治るまでに半年かかるそうです。

☆信頼と信用
信用されるより信頼されたいとネ友の記事。
信用だとビジネスライクだけど
信頼は、いっしょに背中を預けて戦えそうだと。
どちらにせよ
相棒がいなけりゃ意味がない。

 

 

『クラッシャーにゃんこ』と呼ばれて

自慢させてください。
うちで揃っている食器はありません。
みんな、一つ以上壊れたからです。
犯人は、わたし。

まずは、白地に青バラが入った大きな皿。
5つあったんですが
2つ壊しました。
「おばあちゃんの遺品だったのに」
義母がボソっと言いますが、
しつこく言わないのが彼女流。

それだけでなく、
小さな小鉢も壊して5つ揃ってのが2つになりましたし
透明な皿も壊して、5つ揃ってたのが3つになりました。
壊したのは洗っているときに
うっかり、落としてしまったからです。

3人で2つは使えないので、
新しい小鉢を買ったり、
透明な皿も、新しく買ったりします。

車も壊します。
バック駐車が難しい~~~!!
駐車場が小さくて、
せっかくピーピー
警告音が鳴っているのに
「ええい、ままよ」
とぶつけちゃう。

4月27日で通算3回、ぶっ壊しました。
そのたび、センサー付のバンパーがイカれて
高い修理代を払うハメになる夫。
「きみの貯金から、援助してくれ」
全額、弁償しろとは言わないのです。
優しい人だ。

27日の車が壊れたときは、
バンパーがさかむけになって
ギザギザの破片が剥き出しになって
そうとう、ひどかったので、
修理代がかなりかかったはずですが
わたしが出したのはほんの一部でした。

「警告音が鳴ったら、
ぜったいにバックしちゃいけん!」
夫はこのことを、何度も言います。
お金のことは言わないけれど
車の技術に関してはうるさいんです。
そんなに言うんだったら
雨の日に車を運転させないで欲しい><

ただでさえ、背後が見えにくい雨の日。
モニターはアテにできないし
車幅はわからないし
どこまでバックしてるかもわからん……

そのために警告音があるんだけど
気持ちが焦ってると
無視しちゃうんですよねー。
わかるよね?

あまりに毎回、いろんなものをぶっ壊すので、
とうとう、婚家では
『クラッシャーにゃんこ』と呼ぶようになりました。
わたしはもう57歳なのに、にゃんこ……

わたしの威厳をかえせ~

 

備北丘陵公園(5月4日時点)

もう2週間も経つのですが、連休におじゃました
備北丘陵公園のお話をしましょう。

雨の日の4月27日に夫が入院し、帰りに車で帰ったわたしは
この車をまた壊しちゃったんだよー(TT)
なので、2022/05/04の小旅行用の車は
代車でした。

備北丘陵公園へ行った日は、からりと晴れた日本晴れで
雲ひとつ見当たらなかったのです。
備北丘陵公園は、ビオラがいっぱい咲いていました。
チューリップはすでに枯れていて、
義母はがっかり。

広い敷地内ですから、歩くのはたいへんだと言うことで、
夫は公園の隅にあるスズキの「セニアカー」(2時間以内、無料)
をレンタルして、義母に運転させていました。
初セニアカー体験!

黒いレバーを下に押すと走りますが、カメのようにトロい。
構内だから、暴走するとこわい。
『群馬86』というYouTuberは、このセニアカーに
エンジンを搭載して、群馬で
時速80キロを超える爆走をしているらしい。
ちゃんと原付免許取得済み。

夫からそんな話を聞きながら、
公園をめぐりあるきます。

晴れた日ざしの照る公園には、
噴水が不意打ちするしかけで遊ぶ
小学生の女の子が数人。
噴水にかかっている虹がきれい。

ヒバリの声、カエルの鳴き声、
アヤメの花、鯉のぼり。
公園は、そこにいるだけで
まったりとした気持ちになれます。

里山屋敷で、抹茶とお菓子をいただきました。
おまんじゅうの甘さが、抹茶の苦みとマッチング。
正座のできない義母は、
用意された座椅子に座っています。

隣のテーブル脇にいるのは、親子連れ。
畳に転がった赤ん坊が、立ち上がろうと必死の様子。
「まだまだ立てないみたいね」
義母が感想を漏らしていました。

里山屋敷の庭では、輪まわしや独楽をしている子ども。
昔のあそびは面白いですか?

その後、グラウンド・ゴルフをして帰宅。
意外と義母の体力が落ちてなかったので
助かりました。
手術が10月にあるのです。
がんばってね。