ともすれば息が苦しくなるほど、濃密な世界がひろがるハイファンタジーの世界。好きな人は大勢いますし、最近も『烏に単は似合わない』(阿部智里)が平安時代的なファンタジーでした。こってりしたあの作品には、現代推理小説的なところも。ファンタジーの裾野が広がったかもしれません。
一方、ローファンタジーは、軽い日常がモチーフになることが多いように思います。たとえば、イギリスには『メアリ・ポピンズ』という魔法の使える家庭教師が、子どもたちの面倒を見にやってきます。『ドラえもん』もその代表です。ナマケモノののび太のところへ、未来から猫型ロボットがやってきて、ひみつ道具でいろんな問題を解決していく。日常に魔法が飛び込んでくる。
また、ノスタルジーに浸るファンタジーもあります。SFのカテゴリーになっている、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』がその筆頭でしょう。個人的には、『ある日どこかで』(主演クリストファー・リーブ)もよかったと思ってます。
こうしてみると、ファンタジーがいかに日常に「ワンダー」を見いだしているかがわかります。日常からかけ離れたハイファンタジーも例外ではありません。「ここではないものに居所を見つけたい」。「ありえないことを実現したい」。この願望のためファンタジーは、「逃避文学」と呼ばれたりします。いやぁ、娯楽や芸術の本質は、現実からの逃避だとわたしは思っているので、いまさら感が半端ないんですが。
こういったファンタジーの源流は、神話・昔話に通じるものがあります。なろう系がウケているのは、結局そこに、「神話・昔話」的なパターンがあるからです。次回は、そのパターンを含んだファンタジーの源流を、いくつかご紹介いたします。

コメントを残す