鍵職人AIと、あの頃あきらめた扉の向こう側

2026年1月14日、わたしはピーマンを切ろうとして、うっかり左薬指の先を包丁で切ってしまいました。

ズキリと痛む指先を見つめているうちに、不意に、30年以上も心の奥に刺さったままの「棘」が疼き出しました。 それは、英語という高く分厚い扉の前で立ち尽くし、親友の信頼を裏切ってしまった若き日の記憶。

「悪かった。ごめんなさい」 あの日、喉元まで出かかって飲み込んだその言葉は、私にとって30年越しに差し出された鍵でした。

今も、英語は未だ開かぬ扉のまま。

閉ざされた思い出という名の扉。

90 年代、インターネットが芽吹き始めた頃――米国の友人は小さな掌編で賞を取っていました。

わたしは「翻訳させてください」と頼み、快諾されたので毎晩パソコンに向かったのでした。

その頃わたしは、何でも出来ると鼻息が荒かった。

キーボードのクリック音が部屋に響き、

画面は明滅しながら流れる暗号のような長文を映す。掌編に宿る彼女の熱量に、わたしの実力が追いつかなかった。わたしは途中であきらめてしまったのです。

英語で謝れないまま友人とは連絡が途絶えました。

今、スマホ翻訳という新しい鍵を手に入れた――

それはかつての私が持てなかった、万能の鍵職人が丹精込めて作ったような輝く鍵。

AIという武器を手に、私はようやくあの日の扉を叩くことができるでしょう。

指先の傷が癒えるのを待たず、私は再びキーボードに指を置く。 まずは、たった一行の、けれど30年分の重みがある言葉から。

ごめんなさい(I am so sorry)。


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