9月5日の中国新聞を読んで、夫が言いました。
「昔は広島では、マツダの車が溢れていたが、この頃、広島でもマツダの車は少なくなったと思います。
自分が住むマンションや自分自身もマツダ車ではない。
どうしてか考えてみる。
まず、車を買おうとするとき、ホームページを見てどのメーカのどの車にしようかと迷います
マツダのホームページを見ると、そこにはすべて、赤いろで、同じデザインの車が並んでます。大小、形が多少異なるが、すべて同じに見えます。
昔は、ファミリア、カペラ、アテンザ、アクセラと車種としての個性がありましたが、
今は、すべて「魂動デザイン」ですべて同じ外観です。
マツダ車とすぐにわかりますが、
車種も、車種名も、数字と英字の組み合わせで、没個性なのです。
日本人は車にアイデンティティを求める民族と思えます。
自分は固有の形に見出すのです。
ところが、マツダ車は、すべての車種が金太郎飴のごとくそっくりです。
駆け出しのマツダを支えたのは日本人であり、広島の人です。地元の感性を大切にしないマツダは、海外での販売不振が起きても、地元は買って応援しようと言う気に
ならなくなったと思います。
マツダはもう一度、日本の車メーカ、広島の車メーカに戻る必要があるのでは?」

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