初デートが終わると、わたしは言った。
「寮の門限があるから、帰宅しなくちゃ」
母から学校の寮に入るよう命じられていた。二十歳にもなって、門限にこだわる自分が滑稽だったが、思春期の頃に男どもに傷つけられた記憶はまだ新しかった。男のために門限などやぶったら、どうなることかわかったものではない。
しかしわたしも、もう二十歳を超えた。十代のころにすべき性の知識も体験も、何もない。興味がないと言ったらウソになる。つまり、この言葉は、自分を止めてヤってくれと言うほのめかしでもあった(ややこしい性格である)。
正人は当時、二十二歳だった。いっしょに寮の前の公園まで行くと、ブランコに乗って漕ぎながら、こんなふうに語り出した。
「きみのことは、出会う前から知ってたよ。伊勢から両親が出てきて、担任に頼み込んだって噂になってた。おれはそのころ、技術系の会社につとめていたけど、そこをやめて体系的に技術を学ぼうとしてる。いま、大阪のミナミの下町アパートに住んでるよ」
うわ。子離れ出来てない両親が、教師の間であきれられてる。
わたしは、穴があったら入りたかった。わたしも相当なものだが、親もかなりのものだ。客観的に言うなら、両親はモンスターペアレント、わたしは箱入り娘ってところに違いない。
夜の闇の中で、彼の銀縁眼鏡が月明かりに輝いていた。情報力がはんぱなさそうだな、とわたしはぼんやりと思った。なんにでも興味を持ち、考え抜く人なのではないだろうか。まあ、ちょっとシツコイところもあるけど、経験はかならず身につけるタイプと見た。
わたしが黙っていると、正人はちょっと手を伸ばし、わたしの手を取った。暖かい手だった。
小さなおののきが、わたしの身体を走った。少女小説じゃないんだからと自嘲する。とはいえ、こんなに男の子と接近したのは、生まれて初めてだった。何度も言うが、わたしはその当時、処女だったのだ。
「じゃあ、明日。化粧の方法、教えてあげる。もっと可愛くなって、みんなをビックリさせてやれ」
ぬけぬけと言い、手を振って別れて行く。わたしはぼうっとしながら、半分ふらふらして寮へと向かった。

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