1月14日 ひとしずくの光~連載:夫の入院・退院(02)
手術中の家族というのは、ドラマのように祈りながら廊下を往復するもの? いいえ、現実はちょっと違いました。私と義母は、待合室(大部屋)でまさかの爆睡。3時間半という時間は、待つ身にはあまりに長く、そして静かだったのです。
目を覚ました夫は、戦闘機のパイロットのような物々しい酸素マスクの中で、何かをもごもごと喋っていました。無事の生還。けれど、本当の戦いはここからでした。
「ノルマ+1」を課す男のサバイバル術
驚いたのは、翌日から始まったリハビリへの執念です。歩行器を使って廊下を360メートル。これを4クール。感心すべきか呆れるべきか、彼は決められたノルマの3クールを平然と超えて歩いていました。
自分を超えようとするその姿に、厳しいIT業界を生き抜いてきた「サバイバー」の血を見ました。彼は、期日の前日には必ず仕事を完璧に終わらせていた男です。その「予備日を作る」という仕事の鉄則を、まさか自分のリハビリにまで持ち込むとは。
「痛み」への冷徹な視線
リハビリを「痛い、痛い」と嘆いてサボる他の患者さんに対し、彼はこう言い放ちました。「本当に痛みが凄かったら、声すら出ないよ」。
……ちょっと待って。私は心の中でツッコミを入れました。 それは、あなたが異常に「打たれ強い」だけじゃないの?と。自分の基準が世界のスタンダードだと思ってしまうのは、強者の傲慢(ごうまん)かもしれません。でも、彼には彼なりの「早く帰りたい理由」がありました。
14日以上の入院は病院にとって赤字になるという経営的視点(!)、そして何より、糖尿病境界ゆえに奪われた「クリスマスケーキ」と「正月のお餅」への渇望。 「早く退院して、正月をやり直すんだ!」という食い意地……いえ、強い意志が、彼を突き動かしていたのです。
病院という場所の「カオス」
夫の観察によれば、病棟はなかなかのカオスだったようです。 「もう忘れたけど、点滴や流動食の管を勝手に抜いちゃう患者さんもいたよ」とのこと。
自分を厳しく律してノルマをこなす夫。一方で、わがままを言い、処置を拒む患者たち。 病院という場所は、人間の「生きる姿勢」がむき出しになる場所なのかもしれません。それにしても、管を抜いてしまう患者さんたちは、一体どんな思いでそこにいたのでしょうか。自由を求めたのか、それとも苦しみからの逃避だったのか。
そんな混沌とした環境の中、夫の「脱出作戦」は着実に進んでいくのでした。(続く)

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