SFはファンタジーのカテゴリーに入っています。これは60年以上まえからの現象で、それまでSFは、アーサー・C・クラークの「軌道エレベーター」とか、アイザック・アシモフの「自我あるロボット」とか、設定に科学的考証の強いもの(いわゆる『ハードSF』)や、サイバーもの・寓話などがSFだと言われていました(もとはセンス・オブ・ワンダーとは無縁でした)。
『ハードSF』の巨匠、小松左京は『日本沈没』を書きました。地層のズレによって強い地震が起き、その結果日本が沈没する話でベストセラーにもなり、パニック映画にもなりました。しかし、その後進のSF作家はコチコチに理屈っぽくなっていき、庶民にはちょっとばかり、荷が重くなりました。
そんな中で、SFとは「すこし・ふしぎ」だと定義し直したのが、『藤子・F・不二雄』です。代表作に『ドラえもん』を持つ彼は、SFをもっと身近なものとして捉えなおしました。『ハードSF』に対してこれらを『ソフトSF』と呼ぶこともあります。こうして、SFとは設定上、「センス・オブ・ワンダー」の世界を描くものだ、という認識が広がりました。
SFには『スターウォーズ』や『銀河英雄伝説』(田中芳樹)のようなスペースオペラもあるようです。しかし、わたしの残念に思うことは、SFが目指しているものが、だんだんホントに夢物語になっていく点です。ロボットが実現したのですから、マイクロプラスティックや核のゴミなどを処理する話もあっていいでしょうに。
それに引き替え、ホラーは違います。季節になるとテレビで『霊感スポット』を特集することもありますし、ホラー映画は山ほどあります。現代を舞台にしたものから、江戸時代、平安時代(陰陽師)、いろんなものがありますね。宇宙的な規模をモチーフにするなら、『クトゥルフ』もあります。ホラーは、かなり日常と地続きだという認識もまた、アリだと思います。

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