親指姫とわたし
それは、小さなドレスを着た、親指くらいの女の子だった。
「わたし、親指姫よ」
女の子は、つんとした顔で言った。
わたしはおどろいて、絵本の上に乗ってるその女の子を見つめた。
「親指姫? それって、絵本だけのお話でしょう?」
「絵本から出てきたのよ」
女の子は、得意そうに鼻を空に向けて、
「あなたが困ってるらしいから、絵本から出てきてあげたのよ」
たしかに困ってるけど……。
わたしは親指姫を眺めた。絵本の中の絵は、親指姫のところだけ、空白になっている。わたしはぼうっとして彼女を見つめた。
幼なじみの京子と、お菓子を巡ってけんかになったのは、つい、三十分前のことだった。
「これは、あたしのスナック!」
京子は、ポテトチップスをひとりじめしたんだ。
「ずるいっ。自分ばかり!」
わたしが足をばたばたさせてだだをこねたが、京子は、
「だってあたしはお客さんだもん! これくらいもてなしてくれたって、いいでしょ!」 京子がヒステリーを起こした。
ママがそれを聞きつけて、やってきた。
「恵美ちゃん、京子ちゃんにお菓子をあげなさい」
ママがわたしにそう言うから、わたしはぷくっとふくれっつらになった。
「いやよ!」
それから、わたしは泣き出しながら、お菓子を京子と取り合った。
だから、京子は三十分前に、怒って帰っちゃったんだ。
「恵美ちゃん、だめじゃないの。おもてなしをするんだから、お客さんには気持ちよくしてもらわなくちゃ」
ママはちっともわかってない。
「だって、あれはわたしのポテトチップスだもの」
わたしはふくれっ面でいうと、お気に入りの絵本を取りだして、それを広げた。
こうなったら、たとえママでもわたしの言ったことを変えることはできない。わたしはいじになって、絵本に夢中になるふりをしたんだ……。
そうしたら。
絵本から、小さな人が出てきたんだ。
びっくりしないほうがおかしい。
親指姫は、わたしがびっくりして、それからどうしたらいいのか困っているのを見て、
「なによ。絵本の持ち主の幸せを願うことの、どこが悪いのよ」
すこし、ふてくされたように言った。
「だって、あなたのことがママにばれたら、絵本を取りあげられちゃうかもしれないわ」 わたしが言うと、
「だいじょうぶよ。私の姿は、おとぎ話を信じてる人しか見えないの」
親指姫は言った。
「京子はおとぎ話を信じてるかな」
わたしが心配していうと、
「あたりまえじゃないの。さあいくわよ」
「え、どこへ」
「なにいってるの、京子んちよ! 私をポケットに入れて、京子んちまで連れてって!」 だから、わたしは親指姫を連れて京子んちまで行った。
玄関のチャイムをならそうと思ったけど、ちょっとためらってしまった。
「またお菓子のことでもめたらどうしよう」「私がひとこと、京子にちゅういしてあげるわよ」
親指姫が偉そうにいうと、そのままポケットからちょろりとでて、鍵穴に身を寄せた。とけるように鍵穴の中に入りこんでしまう。
「うわ、すごい!」
わたしはつぶやいて、しばらく待っていた。
かちり。
扉が開いて、京子の姿が見えた。
「親指姫から、せっきょうされちゃった」
京子は、少し涙のあとがみえていた。
「ごめんなさい、恵美ちゃん」
「わたしのほうも、お菓子とりあいになってごめん」
わたしも素直に謝った。
大人になったとき、ふしぎに思うだろうな。親指姫のところが空いた、絵本のことを。
そう思いながら、わたしは京子と遊んだ。
絵本は、今も、親指姫の所だけ空いている。
了