二〇一〇年二月二日 「さらば愛しき女よ」レイモンド・チャンドラー 早川書房
(ストーリー)
私立探偵のフィリップ・マーロウは、大鹿マロイに引きずられて、以前白人の店だった店に入っていく。そこで彼は、昔の女ヴェルマを探しているというのだ。しかし彼は人を殺して逃走。マーロウはその後、宝石強盗と取引するという男の護衛を依頼されるのだが、不手際で男を殺害させてしまう。その事件とマロイの事件とが結びつくことを確信したマーロウは、調査を開始するが、それは新たな悲劇の幕開けであった。

(感想)
すごい細かいリアルな表現です。
こういうタイプの推理小説を読むのは初めてだったので、とても新鮮に感じました。
描写の一つ一つが、よく観察された結果のものなので、目の前に映像が浮かぶような感じがしました(こういうことは珍しいんです。わたし、文字を記号だととらえている場合が多いので……)。
マーロウの反骨精神、少しの給料でも全力で立ち向かっていくガッツが印象的でした。
儲かってないみたいだけど、彼ならいずれ金持ちになれそうです(笑)

 途中で悪徳医師によって、マーロウが麻薬漬けになってしまうんですが……。
よく、麻薬の誘惑を断ち切って、真相に近づいたなあ、と思います。
命の方が大事だって言われても、
「どっちが大事なのか、わからないほどやられてない!」
と拒否するマーロウ。
かっこいい。

 なぜ麻薬漬けになったのか。
そして、なぜ、グレイル夫人は翡翠の宝石を盗まれたのか。
意外な話の展開に、目が離せませんでした。
でも、途中の13章以降の捜索場面は読み飛ばしちゃったけどね(笑)
返却時間が迫っていたので、しかたないのです。

 ハードボイルド系のお話で、短くてきびきびした文章が、ずっとつづいているので、チャンドラーというひとは自分に厳しそうだなと思いました。
マーロウという個性的なキャラクターは、わたしには操れそうにありません……。

 ひねったプロットに、意外なストーリー展開。
皮肉な台詞回し、息詰まる駆け引き。
女との甘いやりとりと、その裏側の陰謀。
なんといってもラストがよかった。

 また読みたいな。今度はしっかり、細かいところまで注目したいです。



 

二〇一〇年二月四日 マタタビ潔子の猫魂 朱野帰子 メディア・ファクトリー
(ストーリー)
ストレスを内にかかえて悶々とする二十八歳の田万川潔子。彼女は怨念がたまると大変身し、恨みの相手に復讐する。彼女はしかし、毎回占い師のたわごとを信じるナイーブな面も持ち合わせていた。飼い猫で、変身の手助けをするメロの眼から通した現代のおとぎ話。
(感想)
すかっとした……といいたいところですが。
考えさせられてしまいました。
わたしも仕事をしたことがあるんだけど、二十八といえば微妙な年頃で、若い頃とは違っていろんな現実が肉薄してくる、そのあたりがよく描写されています。
「鬼海星」では理不尽な同僚に対して怒りをぶつけるんですが、こういうことをされてうちにこもってしまうところが、スケール小さいけど身近ではありますね。
逆らえない相手って、たしかにいるもんなー。
そうはいっても、メロの言うように、彼女の方にも問題はかなりある。
いやなことはいやと言えば済むことだもんね。
それを言うと友達をなくすから……。怖いらしい。
顔色をうかがってすごさなくちゃいけない女性たちの代表、それが潔子。
でも、学校じゃないんだから、別にいやな相手にいつも割り勘させられることはないんじゃないの? 派遣でつとめてるだけの相手の会社の人に、いつもいつもそんな目に遭わされて泣いてるだけなんて……、はがゆいです。
潔子って、寂しい人なんですね、きっと。

 「西洋蒲公英(せいようたんぽぽ)」や「フェレット」を通して見えてくるのは、外国に押されて浸食されていった日本古来の種と日本古来の女性の賢さっていうのかな、そういうのがなくなってきている(もしくは力を失ってしまっている)という現実なんでしょうね。
西洋の動植物に、とりつかれる女性たちが描かれているのを見ると、
「新しい女性像」
という流行の女性像を尻目に年を取らざるを得なくなる女性たちの、恨み辛みがにじみ出てくるような気がします。
新しい女性像、として結婚・出産をいいものと標榜する世間体。
それを拒否したくても、できない立場の弱さ。
道に迷い、傷つき、目標となるべき偉大な女性もいない。
たとえば男なら、大河ドラマの坂本龍馬が目標だという人もいるでしょうが……。
与謝野晶子のようになりたいと、潔子が思うかどうか。思わないんだろうな。

 いじめられて復讐する潔子。でも、いじめた側もまた、社会のいびつさの被害者で……。 結局、「解決した」わけではなく、根本的にはなにも変わっていないというお話。
社会が相手じゃ、潔子のできることって少ないんだろうな。


ルナル・サーガ1 友野詳 角川スニーカー文庫

 TRPGが縁で読むことになった小説です。
(ストーリー)
 父の仇である「青い爪の女」を探して諸国を巡る双子の兄妹アンディとエフィは、やっと手に入れた情報をもとに、滝の街へやってくる。途中である母子と出会ったことから、二人は、国を揺るがす大陰謀に巻き込まれていく……。

(書評)
小説技法の本には、冒頭で主人公を危機に陥れろ、なんて書いてあるのですが、この本はそのセオリーを忠実に守っています。さすが話題だった小説ですね。
すごいところを三つあげます。
ひとつ目は、危機に陥った兄を、半ば醒めた目つきで見ていたエフェメラが、いざ親の仇を目にしたとたん、自分の本当の気持ちに気づくシーン。それまで、わたしはエフェメラは、冷静な態度を最後まで貫くのだとばかり思っておりました。そうだとすると、老成しているし、ちょっとばかり冷たいかも、と思っていたのですが、あのシーンで、
「やっぱり、こうでなくちゃね!」
と膝を打って喜んでしまいました。
エフェメラ(エフィ)がどれだけ兄を皮肉っぽく見ようとも。
自分は兄の足りない分を補うんだ、と思っていても。
やっぱり、親の仇を目の前にして、冷静であるはずがない。
そういうところは、説得力のある性格描写だし、共感できますね。
女性らしくないのは作者が男性だからかもしれませんが、でも違和感はありませんでした。エフィのそのあたりの描写も、すごかったです。

 二番目は、滝の街のシーン。
滝の中に街がある。本当ならありえないシーンなんですが、想像するだけでぞくぞくするほど迫力のあるシーンを脳裏に描くことが出来ます。挿絵もその想像を手伝っているのでしょう。荒唐無稽ではありますが、想像力の豊かさという点は評価できると思います。
また、最後に街に滝がなだれ込んでくるシーンで終わるというところも面白いと思います。冒頭とラストがインパクトがあるのはよい娯楽小説なんですよね。続きが大変気になります。

 三番目は、人物たちの個性。
それぞれの月を信じる人々の描き分け方が上手です。信仰という、まあ、普通の日本人にはちょっと難しい分野によく挑戦し、戦闘や魔法に反映させているな、という印象を受けました。この点、田中芳樹の「アルスラーン戦記」は失敗している印象を受けたので、彼よりは信仰に関しては腕が上だなと。ただ、性格描写については、田中先生の方がやはり上かもしれないと感じました。この辺は好みなのかも知れませんが、大阪弁のイメージにつきまとう感覚をタッタの性格に絡めるのは、ちょっとお手軽すぎかも、と思ったのでした。わたしも性格描写、気をつけなくちゃ。


更新  二〇一〇年二月二十二日 獣の奏者 闘蛇編 上橋菜穂子 講談社

(ストーリー)
リョザ神王国の武器である闘蛇。かれらが一度に死んだ罪を問われ、幼いエリンの母尾は処刑された。母を救おうとしたエリンは、母が大罪を犯した結果、生きて隣の地へと闘蛇に運ばれたのだった。そこで彼女は、親切な養蜂家に助けられ、彼と共に暮らす内に、闘蛇の天敵、王獣の姿を見ることになる。それがリョザ神王国の運命を左右する大きな事件の発端になるとは、エリンはまるで知らなかった。

(感想)
描写がすばらしい作品です。
こってりした描写とは言えませんが、オノマトペの使い方も効果的ですし、なによりにおいの描写が生き生きしています。この作品を書いた上橋菜穂子さんは、アボリジニと暮らしたこともある人類学者なのだそうですが、作品にその経験が生かされており、闘蛇の描写は非常にリアルなのでした。
麝香の匂いや、ハチミツの匂い、王獣の糞の臭い。
本から、そういうにおいが立ち上ってきそうな、そんな生き生きとした表現がすばらしいと思います。

 もちろん、自然描写だけではなく、人物描写もなかなかいいです。
エリンの親友で、大阪弁をしゃべる女の子が出てくるんですが、大阪人という先入観に甘えることなく、きっちり個性が描かれています。
早とちりの名人、ということはわかっているんですが、エリンが王獣の面倒を見ることになったと聞いたときの、彼女の反応ったら……。
大阪人のせわしない感じを彷彿とさせつつも、きっちりそれだけでは終わらせないところは、人物をよく観察しているからだと言えるでしょう。
養蜂家の描写もよかったです。
性格のあたたかな、しかし事情を抱えていそうな描写や説明、そして言葉の端々からにじみ出てくる「ただものではない」雰囲気。
説明抜きで語られているところもあるので、憶測するしかなかったのですが、それがまた楽しい作品です。
そしてもちろん、エリンの描写もいい。
なぜ、と問いかけるその真摯な態度は、どこか宗教的なにおいすらただよってくる感じがします。世界はなぜ、こんなありようなのか。この問いかけこそが、そのにおいの正体なのでしょうね。
所々、「それはキカイダーですか」という、笛のシーンとかあったりして、上橋さん、結構日本の特撮も好きなのかなーとか思ってしまいました。

 エリンと母の謎を残して、この巻は終了。どこか日本の事情を思わせる世界観も面白く、分厚い本ですが一気に読みました。楽しかったです。 


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