「父と夫と旅館の朝食」

 卵が大好きな夫は、体中に発疹ができても、卵がけご飯を食べ続けるのでした。
「おかずもそっちのけで、そればっかり食べてるじゃないの」
「だっておいしいんだもん!」
私の文句も、夫は聞く耳を持たないのです。

夫を見ていると、父を思い出してしまいます。亡き父もまた、卵がけご飯が大好きでした。しょうゆをちょっぴり入れた生卵を、ご飯にたっぷり絡ませて食べる。でも、私はそれがどうしてもダメで、父がどんなに勧めても、断固として食べなかったのです。

父が生きていたら、夫と話が盛り上がっただろうなと思うと、一抹の寂しさも感じます。
そんなある日、旅行先の旅館の朝食で、生卵が出ました。ほかにおかずらしいものもなかったので、私は嫌々ながら、卵がけご飯に挑戦したんです。
そのとたん。とろっとした生卵の感触が、口の中で広がり、醤油の匂いが舌の上で広がっていく……。

そのとき、父が私に微笑んでくれたような気持ちになりました。
今日も卵がけご飯を食べる夫に、私は以前とは違う気持ちで、夫に言うのです。
「卵がけご飯って、おいしいものなんだね!」「そうさ、見直した? おかわり!」